「海外に出てみたいけど、何から手をつければいいかわからない」「失敗したら大きな損失になりそうで踏み出せない」
日本の外食市場が縮小傾向にある中、海外出店を検討する飲食店経営者・チェーン本部が増えています。日経の2024年度飲食業調査では、主要外食企業の4割強が海外展開を積極化すると回答しています。一方で、資金力もブランドもある企業が数年で撤退するケースも後を絶ちません。
この記事では「なぜ失敗するのか」という視点を軸に、市場選定から物件・許認可・人材・現地運営まで、海外出店を始める前に整理しておきたい観点を実際のデータとともにまとめました。
飲食店が海外を目指す背景には、国内市場の構造的な変化があります。少子高齢化による人口減少、人件費・食材費の高騰、国内の飲食店密度の高さ——これらが重なり、国内だけで成長し続けることが難しい環境になってきています。
農林水産省の最新データ(2025年)によると、海外の日本食レストランは約18.1万店。2006年の約2.4万店と比較すると約7.5倍の規模です。直近では微減の傾向も見られますが、東南アジア・中東・中南米など日本食進出が遅れていた地域での出店拡大が続いており、地域の多角化が進んでいます。
また東南アジア市場のGDPは2024年比で約4.5%成長(世界銀行)しており、消費市場としての伸びしろは国内とは桁が違います。
現在の円安環境は、海外進出コストの面ではデメリットがある一方、「日本から来た本物の味」というブランドイメージをより強く打ち出しやすい状況でもあります。現地の安いコストと日本ブランドの高単価設定を組み合わせることで、国内より高い利益率を実現できる可能性もあります。ただしこれは、現地化と品質管理がきちんとできていることが前提です。
「日本食が人気だから」というだけでは市場選定の根拠として弱いです。参入コスト・競合状況・法規制・現地の消費者の購買力まで含めて判断する必要があります。
| エリア |
メリット |
デメリット・注意点 |
難易度 |
| 東南アジア(タイ・ベトナム・シンガポール等) |
親日・日本食需要が高い/訪日経験者が多い/参入障壁が中程度 |
競合の日本食店も多い/ハラル対応が必要な国もある |
中 |
| 台湾・香港 |
日本食文化への理解が深い/商習慣が比較的近い |
すでに日本食店が飽和しつつある |
中〜高 |
| 北米・欧米 |
客単価が圧倒的に高い/ブランド向上効果大 |
ビザ・労働法・衛生規制のハードルが極めて高い/初期投資が大きい |
高 |
| 中国 |
人口規模が大きい/日本食需要あり |
近年は「有望国としての中国離れ」が鮮明(JBIC2023年調査)/規制変化リスクが高い |
高 |
| 中東・中南米 |
日本食競合が少ない新興市場 |
ハラル対応必須/物流・食材調達が難しい |
高 |
JBIC(国際協力銀行)の2023年度調査では、有望な事業展開先の1位はインド、2位はベトナム、3位は米国で、中国は前年3位から6位に後退しています。「とりあえず中国」という時代は終わりつつあり、東南アジアの多様な市場への分散が主流になってきています。
市場を選んでも、現場レベルで想定外の壁にぶつかることが多いのが海外出店の現実です。特に以下の3点は、スケジュールと予算の両方に直結します。
海外の物件工事は日本の常識が通じないケースがほとんどです。工事が予定より数ヶ月単位で遅れることは珍しくなく、契約上のペナルティ規定を設けていても実際の回収は困難なことが多いです。オープン時期の計画には、工期遅延を前提としたバッファを必ず組み込んでください。
また物件の契約条件(原状回復義務・退去条件・家賃改定条項)は、現地の法律に詳しい弁護士に確認してから締結することが大前提です。ロイヤリティや家賃トラブルは金銭トラブルの中でも頻出します。
日本の「食品衛生責任者+営業許可」のような一元的な許認可制度は、多くの国では存在しません。国・地域によって、衛生許可・酒類販売免許・外資規制・食品輸入規制など複数の許認可を個別に取得する必要があります。
日本特有の食材を海外で使おうとすると、輸入コスト・輸送リスク・現地での入手困難という壁があります。「刺身はマグロとサーモンさえあれば何とかなる」という発想で、現地で調達できる食材を使いながら日本食らしさを維持する工夫が現実的です(日本フードビジネス協会・深見浩一氏)。
生野菜は国によって衛生的なものが手に入らない場合もあります。現地の信頼できるサプライヤーとの関係構築は、出店前の段階から動き始める必要があります。
海外出店で最も多い「想定外」が、人材まわりのトラブルです。「日本人スタッフを送り込めば品質が保てる」という考えは、コストとリスクの両面で現実的ではありません。
現地スタッフに日本式のサービス品質を求めることは可能ですが、「とにかく丁寧に・細かく・徹底的に」という日本の現場文化は、国によっては過剰な要求として受け取られます。指示に対して「イエス」と答えても、理解・同意を意味しない文化も少なくありません。
育成の仕組み——「なぜこうするのか」を言語化したマニュアルと、OJTの体制——を作らないまま開業するケースが失敗の定番パターンです(飲食店コンサルタント・note記事より)。
海外では転職が容易で、待遇への不満があればすぐに離職するのが一般的です。日本式の「忍耐して長く働く」という価値観は通用しません。現地の労働市場の相場・雇用慣行・休暇の取り方・評価の仕方まで理解した上で、現地にフィットした雇用条件と職場環境を設計する必要があります。
フランチャイズ展開や合弁事業など、現地パートナーと組む形は海外出店の定番ルートです。しかし、このパートナー選びの失敗が撤退の直接原因になるケースが最も多いと言われています。
「現地に詳しい人を紹介してもらった」レベルのパートナー選びは危険です。契約書の内容を現地の法律に詳しい弁護士に確認してもらうことは、パートナーと組む際の最低ラインです。
現地の味覚や文化に合わせてメニューを変えることは重要ですが、やりすぎると「日本食」としてのブランド価値が失われます。「何を変えて、何を絶対に変えないか」をパートナーと開業前に明文化しておくことが、長期的な品質維持のカギになります。
日本食の人気はリアルです。しかし「人気がある」と「自分の店が現地で支持される」はイコールではありません。現地にはすでに日本食店の競合があり、価格・立地・サービスで選ばれる理由が必要です。「日本から来た」だけで差別化できる時代は、少なくとも東南アジアの主要都市では終わりつつあります。
現地に行かずにリサーチだけで進出を決めるのは高リスクです。物件の実態・競合の混雑状況・ターゲット客層の購買行動・現地スタッフの採用市場——これらはデスクリサーチで把握できる情報には限界があります。複数回の現地視察と、現地事情に精通した専門家や支援機関へのヒアリングが必要です。
国内で多店舗展開している経営ノウハウは確かに強みですが、それが海外でそのまま通用するとは限りません。メニュー・価格帯・オペレーション・接客スタイル・マーケティング手法まで、現地仕様へのチューニングが必要です。「国内でうまくいったから海外でも同じやり方で」という思い込みが、失敗の定番パターンです。
海外出店は準備の質が結果を大きく左右します。「何がわからないかもわからない」という段階でも、まず現地に強い専門家に相談することが最も効率的です。
進出国・店舗規模・業態によって大きく異なりますが、東南アジアへの1店舗出店では内装工事・機器・許認可取得・初期運転資金を合わせて2,000万〜5,000万円規模が一つの目安です。北米・欧州はこれより大幅に高くなります。初期費用に加え、軌道に乗るまでの運転資金(最低でも6〜12ヶ月分)を別途確保しておくことが重要です。
初期リスクを抑えたい場合はフランチャイズ(または合弁)が現実的ですが、パートナーの質で結果が大きく変わります。直営は品質管理がしやすい反面、現地の法規制・人材管理を全て自社で対応する必要があります。最初の1〜2店舗はパートナーと組みながら現地事情を学び、軌道に乗ったら直営へ切り替えるという段階的なアプローチを取る企業も多いです。
必ずしも日本語不要です。重要なのは「日本式の品質基準を理解し、自分たちの仕事として実行できる」スタッフを育成できる仕組みがあるかどうかです。マニュアルや研修体制を現地語で整備し、現地スタッフが自律的に動ける環境を作ることが長期的な品質維持につながります。
「検討段階」から相談するのがベストです。市場選定の段階で専門家の視点を入れることで、進出先の絞り込みやリスクの把握が早まります。許認可・物件・契約書のタイミングで初めて相談するのでは、修正コストが大きくなります。
規模が小さくても海外進出している飲食店はあります。ただし、国内でのオペレーション標準化・財務基盤・マニュアル整備ができていないまま海外に出るのは高リスクです。「国内で再現性のある運営ができている状態」が海外出店の最低ラインとして捉えておくとよいでしょう。
海外出店の成否を分けるのは、資金力でもブランド力でもなく、「準備の質」です。市場を選ぶ段階から、物件・許認可・食材・人材・パートナーまで、国内出店とは比較にならない量の事前確認が必要になります。
特に見落とされやすいのが以下の3点です。
日本食のブームと円安の追い風は確かに存在します。しかしその追い風は、ちゃんと準備をした船にだけ有利に働きます。「日本食は人気だから大丈夫」という思い込みで動き出した店が、その恩恵を受けられないまま撤退していくのが現実の繰り返しです。
海外出店を「いつかやりたいこと」から「具体的な計画」に動かすには、まず現地に強い専門家との対話から始めることが、最も時間とコストの節約になります。「まだ検討段階」という方こそ、早めに相談することをおすすめします。この記事がその第一歩になれれば幸いです。