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日本酒に魅入られ、日本酒でつながる顧客満足度の高い店舗運営を心掛ける - e店舗 produced by G-FACTORY

作成者: tetsuyuki_chiba|Sep 27, 2022 4:20:29 PM

 

勤務先で日本酒の見識を深める

素朴で手づくり感のある看板

東京都葛飾区のJR金町駅北口から徒歩5分の路面に「酒dining irodori」という居酒屋がある。こだわりの酒とそれにマッチする食事を提供している同店は、コロナ禍真っただ中の2020年5月にオープンして2年以上がたった。客単価6000円という店で地元の常連客が多い。アイキャッチはオーナーの堀江康太氏である。

 

堀江氏は1982年3月生まれ、東京都北区出身。子どものころから「人に楽しんでいただくこと」に興味があった。大学ではサービス経営を学び、2004年4月新卒で入社したのがザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ(北海道虻田郡洞爺湖町)。洞爺湖を見下ろす高台に豪華客船のようなフォルムで存在し、館内には「ミシェル・ブラス」や「美山荘」といった高級レストランが営業していた(現在は契約終了)。堀江氏は料飲部門(※1)のサービス担当として働く中で、日本酒の魅力に引かれ、この分野の見識を深めるようになった。

 

リゾート地で経験を積んだことから都会でサービスマンの経験をしてみたいと考えるようになった。このタイミングで2007年3月にオープンするザ・リッツ・カールトン東京(東京・六本木)の料飲部門で働くことになった。

 

堀江氏は「日本酒を極めたい」と考えるようになり、ザ・リッツ・カールトン東京での日本酒の取引先である業務用酒販店の株式会社はせがわ酒店(東京・麻布十番)に転職した。ここではさまざまな飲食店に営業する経験を積んだ。高級ホテルで鍛えられた顧客対応の技術によって、多くの飲食店経営者から信頼を獲得していった。

 

このような経験から、自分で日本酒を扱う飲食店を営もうと目標を定めて、飲食店経営者の下で働きながら経営を学び、独立開業のチャンスをうかがっていた。堀江氏は現在定期的にイベントを開催していて顧客との交流を深めているが(後述)、この頃から本業のほかにイベントを開催して顧客を開拓するとともに、参加者とイベントを楽しんでいた。

 

そのような日々の中で訪れたのが、現在の店へとつながる「金町で飲食店を経営してみないか」という誘いである。2020年1月のことであった。

 

(※1)編集物注:料飲部門とは、ホテルのレストランやルームサービスなどで利用客に料理やサービスを提供する部署のこと。調理部門とサービス部門に大別されていることが多い

 

芸術品のような店を譲渡される

誘ったのは、堀江氏が業務用酒販店で営業をしていた時の顧客で、金町エリアで日本酒バーを展開している経営者。自身が借りている店舗を地元の人に転貸し、その借主が現在「酒dining irodori」を展開している物件でもつ鍋店を営んでいた。

 

もつ鍋店では「人手不足」の動向を憂いて、ここでの営業を止めたいという。物件の契約は2020年4月で終了となる。店舗は路面で、内装は5年前に日本酒バーを営業するために凝ったつくりにしていたが当時のまま。特に欄間(らんま)は芸術品である。

 

堀江氏を誘った経営者としては「契約が終了して不動産業者に渡すとなると、原状回復でせっかくの見事な内装を壊すことになる。そのためのコストも発生する。ならば、信頼が置ける知人に店をそのまま引き継いでもらいたい」と考えていた。そこで、経営者は堀江氏に声を掛けた。「この店を引き継いでくれないか」と。

 

堀江氏にとって金町はゆかりのない町であった。駅の北側、駅から徒歩5分と立地面で不安を感じたが、東京理科大通りの近くで人通りが多い。堀江氏は「自分が得意とする日本酒の品ぞろえによって、目的来店のお客を獲得することができるのでは」と考えた。

 

こうして堀江氏は、かつて日本酒バーとして特別に内装が整えられた店を、そのままの状態で、契約を引き継ぐことになった。

店内は前の借主がつくった日本酒バーのままで芸術品の中にいるような雰囲気

 

メニューは、まず日本酒の品ぞろえを最大の特徴としている。これまで交流を重ねてきた小さな蔵元に赴き品ぞろえを磨いている。日本酒は常時40品目をラインアップ。このほかクラフトビール、樽生、蔵元の梅酒・ゆず酒などのリキュール、国産のジンやウイスキー、日本ワインと品ぞろえを豊富にしている。

 

フードは野菜や鮮魚で組み立てている。野菜は木の里農園(茨城県常陸太田市)より取り寄せている。また、店舗で燻製を行い、アルコールを引き立てるつまみとして好評を得ている。メニューづくりや調理については、ホテルマン当時のお客からの紹介で東京・表参道のイタリアンの食事会に通って学んだ。

借り入れをしない、他人を雇用しない

こつこつと交流を重ねてパイプをつくった蔵元の日本酒がそろう

店を引き継ぐ誘いがあったのが2020年1月。4月に契約を行ない、5月にオープンした。ということは新型コロナウイルスが発生し、緊急事態宣言が発出され、日本全体を恐怖に陥れた時期とそのまま重なる。堀江氏はこの当時のことを淡々と話してくれたが、さぞや気を揉んでいたことであろう。

 

コロナ禍はオープンする5月が近づくにつれて厳しさを増していった。そこでまず考えたことは「借り入れをしないこと」。幸い店舗造作は豪華である。自分の店のコンセプトにも沿っている。ここに手を加えるとなると借り入れをすることになるので、ここの投資は自己資金で収まる最低限のものにした。

 

次に、開業に際して従業員を雇用しないことにした。開業してコロナ禍がどのように転じていくのか予測が立たなかったから。そのまま一人営業を続けていて今日に至っている。

小さな蔵元のウイスキーやジンもそろえる

東京都葛飾区の金町は、京成金町駅の隣駅が「男はつらいよ」の舞台となる柴又であることから「下町」のイメージを抱かれがちだ。しかしながら、今日「下町」と一括りに語れない側面がある。その要因として、金町駅にはJRのほかに小田急線と連結する東京メトロ千代田線が乗り入れていて、都心の大手町、霞が関、赤坂、表参道、代々木上原といったオフィス街や高級住宅街と一本でつながっており、都心文化や上位中間層が増えてきていることが挙げられる。

 

この金町での新しい居住者は所得の高い人が多い。クオリティが高く文化性豊かな外食の経験値が高い。そのため転居地である金町での外食は、価格が安い店ではなく「自分が満足する店」を求める傾向にある。

 

「酒dining irodori」はその典型と言える店で、この町に転居してきて初めて訪れたお客は「自分好みの店」と語り常連客になっていく。同店のメニューは決して重飲食ではなく、こだわりのアルコールとつまみとなる食事で客単価が6000円となっている。それは、堀江氏が高級ホテルのホテルマンとして顧客の機微を捉える技術を体得し、業務用酒販店の営業マンとして日本酒の知識を豊富にし、顧客満足を追求していることの賜物と言うことができる。

 

イベントを定期開催して交流を深める

堀江氏は当面の間、店舗展開をしない方針である。それは、堀江氏が独立開業する以前から行ってきた「イベント」が月1回以上の開催に育っていて、これによって売上の安定をもたらしていることから。そして、この分野を継続し充実させていこうと考えている。イベントの参加者は独立開業以前からの顧客であり、現在の顧客と彼らが友人を連れてくるというパターン。それぞれのイベントが好評であるから、参加者は次回の参加を望む。

 

年間でスケジュール化しているイベントはざっとこうなっている。

・1月:お客と温泉に行き、日本酒の勉強会を開催する

・2月:①山形の酒蔵での酒づくり体験、②茨城の酒蔵へのバスツアー

・3月と4月:隅田川の桜の開花状況を見て、酒蔵を招いて屋形船を楽しむ

・5月:山形で酒米の田植え

・6月:和歌山で酒米の田植え

・7月と8月:どちらかで夏の屋形船を楽しむ

・9月:高知で開催される「銘酒の宴」(500人が来場)に参加

・10月:①山形、②和歌山の酒米の稲刈り

・11月:茨城の蔵元見学バスツアー

・12月:休み

7月24日に開催されたイベント「屋形船」の様子

これらの参加費用は事前に銀行振り込みか店舗に来て支払うことになっている。常連客が参加する場合は、店にやってきて参加費用を支払うパターンが多く、その際に同店で食事をする。またイベントに参加してから、その時の印象を語るために同店にやってきて食事をするという。

 

堀江氏と話していると誠実な人間性が伝わってくる。子どもの頃から興味を抱いていた「人に楽しんでいただくこと」に一生懸命である。個店の魅力とはオーナーが放つ人間性であるということを納得させる人物である。