東京・新宿の歌舞伎町は「世界一の歓楽街」と称される。ゴジラのビルが出来てから、ここを訪れる人は夜に加えて日中も増えた。晴天の日はもちろん、雨の日も雪の日もこの町には大きな人通りがある。
このように飲食店がひしめく歌舞伎町だが、歌舞伎町一番街のゲートをくぐったすぐの左手に、センスのよいファサードが出来た。シャープな黄色の門構えで「ヤマネ肉店」のネオンのロゴが映える。歌舞伎町の中心部に向かっていく人の視界に否応なく入ってくる。
この店は、今年の4月25日にオープンした「やきとん酒場 ヤマネ肉店」(以下、ヤマネ肉店)の歌舞伎町店、株式会社サブコン(本社/東京都墨田区、CEO/野田洋行)の店舗である。アイキャッチの人物が代表の野田氏だ。同社は2018年10月設立、以来「ヤマネ肉店」を8店舗展開してきた。そのうち、1号店と2号店はクローズして、現在は6店舗の陣容になっている。そして、店はブラッシュアップされていき、生産性の高い仕組みをつくり上げている。
まず、「ヤマネ肉店」というネーミングについて。これは東京の下町、谷根千(谷中・根津・千駄木エリアのこと)に実在した、創業昭和5年(1930)の精肉と総菜の店である。野田氏は谷根千の出身で、幼少のころ同店が地元の人から愛されていたことが記憶に残っていた。飲食で独立・起業するに際して、どのような店名にしようかと考えていたところ、「ヤマネ肉店」が閉店していることを知った。同店は初代、二代目と続いたが、野田氏は店名を継承する許しを得て、「ヤマネ肉店」の三代目を名乗ることが出来た。
そして、商品である。野田氏は飲食業に従事するほか飲食店のコンサルティングも行っていて、これによって鹿児島の業者とのご縁をいただき、銘柄豚の「桜島美湯豚」を仕入れるルートが出来た。こうしてフレッシュなもつのメニュー化が可能になった。
さらに、「ヤマネ肉店」は総菜も売っていたことから、「桜島美湯豚」の肉を使ってメンチカツをメニュー化しようと考えた。
これらによって「ヤマネ肉店」の看板メニューを整えた。
「新鮮 もつ刺し3点盛合わせ」1320円(税込、以下同)
「ヤマネのもつ煮込み」480円
「超鮮度 ギリレバ」550円
「超鮮度 ギリハツ」550円
創業からおよそ100年精肉店の人気№1総菜「100年メンチ」1個330円
「肉ぎっしり焼売」4個550円
「大トロホルモン串焼き」1本330円
「やきとん5種盛合わせ」990円
これらがメニューブック右上に囲みでまとめられている。
次に、「瞬間焼酎」と称して、カウンターやテーブルの卓上に焼酎が出てくる蛇口を設けている。近年、この機能を備えた飲食店が増えていて、これを顧客層である若者は「タイパ」(=タイムパフォーマンス)と呼んでいる。
野田氏によると、4号店を出店するときに「もう一つ、コンテンツが欲しいと考えた結果」と述べるが、この「瞬間焼酎」は大きな効果をもたらしている。
まず、料金設定が分かりやすいことから注文件数が増えること。野田氏が「瞬間焼酎」のアイデアを整えるために、先行して導入しているところは、蛇口から出てくる焼酎の価格が時間制で低価格で設定されていても、氷や割材に高い価格がつけられていた。「これではあまりお得感を感じられない」ということで、限定時間制で、焼酎も、氷も、割材もすべて込みの料金にした。現状は「60分飲み放題」1人1400円、「90分飲み放題」1人1700円、「延長30分」1人550円である。
これを注文するお客は全体の8割、リピーターとなるとこのサービスを目指すようになり、9割のお客が注文する。割材はホッピーやサワーのほか野菜ジュースなどさまざまなソフトドリンクがリーチインクーラーに揃っていて、「次の割材は、あれを試してみよう」と、次の来店動機につながる。
「ヤマネ肉店」歌舞伎町は地下1階にある。筆者は6月中旬の週末の夕方、同店を利用した。
夏至の直前で夕方6時はまだ明るい。そして、地下1階に入ると、店内は3分の1ほどが埋まっていた(66坪120席とのこと)。そして、6時を過ぎると続々とお客がやってきて(ほとんどが予約)、6割7割は20代中ごろの女性のグループ客である。
「歌舞伎町の地下の店」と聞くと、一元のお客にとっては抵抗感があるが、友人に連れてこられるなど一度体験すると、「楽しい店」の印象が刷り込まれて、次回は友人を連れてくるというプラスの連鎖が生れているのではないか。かわいらしい豚のイラストも効果的だ。
野田氏はこう語る。
「歌舞伎町の入口の地下1階に店舗あると聞くと、『いい場所』と連想するかもしれないが、オープンしてしばらくの間はお客様が少なく大変苦戦した。そこで、グルメサイトの露出を増やして、店の存在を知ってもらう努力をした。するとだんだんと売上は上がって軌道に乗るようになった。歌舞伎町では一般の飲食店街とは違う戦い方が必要だ、ということを学びました」
そして、フロアで接客する女性従業員の雰囲気がとてもいい。メニューの説明を丁寧に行い、従業員同士が大きなよく通る声で、声を掛け合っている。
このようなレベルの高い接客のセンスを持ち合わせた従業員をどのように採用して、どのように育成しているだろうか。
野田氏にその秘訣を尋ねたところ、「時給1500円で募集している」と答えてくれた。これは2018年にオープンした1号店から実施しているとのことだ。野田氏は「時給1500円のメリットは限りなく存在する」と語る。
それはまず、「採用コストがかからない」。基本的にアルバイトを希望する人は、時給は高い方が望ましいわけで、「時給1500円」は集まりやすい。
次に、「スキルの高い人物が応募してくる」。スキルの低い人は「時給1500円」を見ると、「自分はこのアルバイトに向かないのでは」と応募を控える傾向がある。
ちなみに、歌舞伎町店では「時給1500円」で募集をしたところ、60人の応募があったとのこと。「これらの応募者から、イケてる人材を選ぶことができた」(野田氏)という。
さらに、「離職率が低くなる」。アルバイトは高い収入に満足感を覚え、職場にスキルの高いメンバーがそろっていることから、働くことが楽しくなる。
そして、「アルバイトが卒業するときに際して、スキルを持つ人材を紹介してくれる」。野田氏は「能力が高い良い子が紹介してくれる子は、みな良い子なんです」と語り、同社の店舗のアルバイトのほとんどは「採用費ゼロ」で「リファーラル」で採用しているという。
入社してからの教育訓練は、同社の方針に則って行うが、基本的にスキルが高いことから習熟が速いという。
筆者は野田氏に「時給1500円では、人件費が高くなり利益を圧迫するのでは」と質問したところ、「それを『瞬間焼酎』が解決してくれる」という。リピーターが多くなると9割がこのサービスを注文すると述べたが、これによって店側のドリンクメイクのコストがかからなくなることから、むしろ利益は安定するという。
このように「ヤマネ肉店」の仕組みはよく考え抜かれている。ストーリー性のあるブランドとそれに基づいた看板商品。また来店したくなる「瞬間焼酎」の楽しい仕組み。そして「時給1500円」もたらすスキルの高い人材のプラスの循環である。これらによって同店の客単価は3300円から3400円と、大衆的なもので人気を博している。
今年は、現状で体制を固めていき、来年からは直営店の出店に加えて、FCにもチャレンジしていきたいと野田氏は語る。