↑「4代目」を自認する金天憓(キン・チョネ)氏は活発で、それがファンから愛されるポイントでもある
札幌のジンギスカンの人気繁盛店である「成吉思汗だるま」が7月14日、東京の上野御徒町に出店した。オープン初日は、開店の17時前から140人の行列が店をぐるりと囲む形になって、最後のお客は6時間30分後に入店できたという。それは、札幌からこれほど離れた東京に同店のファンが存在するということだ。
店舗は1階が7席、2階13席で、現在の営業時間は1階が16時から翌2時まで、2階が16時から23時まで。1階に限り予約制を導入し、2階はフリーとなっている。
同店が創業したのは1954年(昭和29年)、今年で創業70周年を迎える。本拠地の札幌・すすきのには6店舗ドミナントで出店している。今回の東京出店はその周年を記念した挑戦でもある。そこで、同社の「4代目」を自認するアイキャッチの金天憓(キン・チョネ)氏(25歳)に、同社を継承しようと決意したきっかけや展望等について伺った。
曾祖母がジンギスカンの繁盛店を切り拓く
「成吉思汗だるま」を創業したのは「4代目」の曾祖母、在日一世の金官菊子氏である。きっかけは、当時38歳の夫を亡くしたこと。そこで残された5人の子供を養うために、羊の肉のマトンをお客に食べてもらう商売を考え、夫が亡くなった3カ月後に創業した。
同店のキャラクターは「達磨大師」。これは曾祖母の長男で、現代表取締役社長の金和秀氏が当時中学2年生のときに描いたものだ。この同店のキャラクターからは強烈な「決意」が感じられる。達磨大師にまつわる「七転び八起き」、つまり「めげずに立ち上がる」という意図が込められているという。
↑同店のキャラクターの「だるま」の絵は、「2代目」が中学校2年生のときに描いたもので強い意志が込められている
なぜ羊の肉なのか。それは創業した当時、羊肉は一般的に食べられているものではなかった。羊肉の中でも食べられていたのはラムであるが、創業者がマトンにしたのは狙いがあった。それは、庶民生活が戦後の貧しい状況の中にあって、肉を安い価格でお腹いっぱい食べてもらおうということ。マトンはラムと比べるとクセがあるが、肉の味が濃い。曾祖母はこのマトンに合うタレを開発して、クセのある羊肉好きを続々とファンにした。
同店がオープンしてから、同じように羊肉を提供する店が創業していくが、この「成吉思汗だるま」は、今日の「ジンギスカン」の源流と言える存在である。
同店の東京進出は、「創業70周年を記念した挑戦」と述べたが、それは「4代目」の父である、金有燮(キン・ユソプ)氏(51歳)が昨年「3代目」を継いで副社長に就任したことがきっかけとなった。そして、「3代目」は「成吉思汗だるま」のファンからの要望に応える形で新たな飛躍に向けた試みを行おうと考えた。
↑オープン当初の当時は連日店をぐるりと囲む行列ができていた(いまは一部予約制を採用している)
まず、今年の1月より昼営業を開始(4.4店のみ)。さらに3月より予約受付を開始(7.4
店のみ)。そして、ファンからのもう一つの大きな要望である「東京に出店してほしい」ということをかなえてみたいと考えるようになった。
父である「3代目」の挑戦を手伝っていく
東京出店は、現代表である「2代目」もその構想を温めていたが、それを断念した経緯がある。その理由は、フレッシュな羊肉とタレを北海道から東京に届けることができないと判断したこと。また、札幌の従業員を東京に赴任させて、札幌とは違う土地で札幌の店の雰囲気を表現するのは難しいのではと考えた。
しかしながら、「3代目」はこのように考えた。「成吉思汗だるまにはファンがたくさんいる。それは、食事を召し上がるお客様だけではなく、当社と長くお付き合いをさせていただいている業者様も同様だ」と。そして今回の東京進出に際して、これらの人々からたくさん支えていただいたという。
これら業者に共通した思いは「札幌の羊肉文化を東京に届ける」ということ。北海道のフレッシュな羊肉とタレを東京に供給することには、先端的なチルドの技術が存在して、「2代目」の時代とは異なる科学の発展によって可能になった。
↑羊肉は北海道からチルドの状態で送られてきて、札幌と同じクオリティで食事ができる
東京の店舗の立地を上野御徒町に定めたのは、札幌で店を展開している「すすきの」の空気感と似ているからだという。
さらに、「3代目」の娘である「4代目」が入社してくれたこともとても心強いことであった。
「4代目」は東京の大学で司法書士を目指していたが、コロナで大学に通うことができなく、札幌の自宅に戻って勉強を続けた。そして、家業の店の仕事を手伝うようになり、それを継続していくうちに、勉強がはかどるようになったという。
コロナが落ち着いてきて、東京の大学院に進学。そして司法書士の試験に一発で合格。「司法書士の勉強をしていたときの、店の手伝いが楽しかったなあ」と振り返るようになり、司法書士の会社に勤務するまでに約10カ月間、また札幌の店で働くことした。
その後、札幌の司法書士の会社で勤務することになったが、いつもお店の楽しい仕事の思い出が記憶の中に同居していた。そして父が「3代目」を継承する決意をして、さまざまな挑戦に挑むようになった。そして自分も「4代目」となって、「3代目」の構想にのっていこうと考えるようになった。こうして「4代目」は司法書士の会社を辞めて、昨年「成吉思汗だるま」に就職した。
札幌の店が築いてきた伝統のブランドを守る
「成吉思汗だるま」のメニューは、メインとなるものが「成吉思汗」1290円(税込、以下同)である。これに「最初のお野菜」230円と「野菜おかわり」230円となる。この「成吉思汗」は創業当時からのもので、羊のモモ、バラ、ウデ、肩ロース、ロースなどさまざまな部位を一皿にまとめたもの。一度も冷凍していないマトンを毎日開店直前に職人が手切りしている。
このほか、脂身が多いロースと肩ロースを分厚くカットした羊肉ステーキの「上肉」(数量限定)1690円。羊肉で一番柔らかい部位で1頭から数百グラムしか取れない希少部位の「ヒレ肉」(数量限定)1690円をラインアップ。定番の副菜は「ママの手作りキムチ」395円、「チャンジャ」330円、「韓国のり」286円となっている。客単価は4000円あたり。
現在、同店の1階、2階ともに食事の時間は1時間制としている。そのためにオープン前に肉の仕込みは入念に行い、お客が席についてから1分以内で肉を提供できるようにしている。これも札幌の既存店で行っていることで、この提供方法に「成吉思汗だるま」らしさが存在する。お客はそのことを重々承知で、1週間前に札幌の同店で食事をしたファンが、その後に上野御徒町の店で食事をしていて、入れ替わりで札幌から東京にやってきた従業員と出会うパターンもある。こんなとき、お互いは「私たち、全然お久しぶりではないね」という会話から始まる。
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詰めた感じの店内も札幌の店舗と同様の雰囲気で、同店のファンにとって東京に居ながら札幌の雰囲気を楽しんでいる
このように、同店のファンは「成吉思汗だるま」のことを熱く愛し、従業員との距離がとても近い。
「4代目」は「3代目」と、また自身の母である「マネージャー」と3人が交互に札幌と上野御徒町の店を見るようにルーティンをつくり、「4代目」は大体札幌と上野御徒町を月の半々で勤務している。
「上野御徒町の店がファンの方々に愛されているのは、札幌の伝統があるからです。私はこのブランドをしっかりと守っていきます」と展望を語っている。