JR新大久保駅の南側から目抜き通りの大久保通りの一帯は“コリアンタウン”となっている。ハイティーンから20代前半まで、髪をピンクやグレーに染めた痩身の女子が多数闊歩している。路面の至るところでチーズドッグの店に行列ができている。コロナ禍にあっても人通りが絶えない。この一帯は韓国の繁華街なのだ。それも日本語が通じる。だから、日本の若い女子が気兼ねなくやってくる(のではないか)。
この大久保通りの路面に「新大久保韓国横丁」が2021年12月20日オープンした。以前ネットカフェだったという物件は2フロアで210坪、総席数が450席(1階120坪・327席、2階90坪・123席)と圧倒的な規模。ここを運営しているのが株式会社JDREX(本社/東京都新宿区、代表取締役/金相勲)で、1階10店舗、2階4店舗と出店しているすべてが同社の直営である。アイキャッチの人物が同社代表の金氏である。
金氏は1983年7月生まれ。韓国・ソウルで育ち、ハンドボールの特待生として2002年東京の大学に留学した。大学を卒業後、東京の飲食店で働いた。新大久保の韓国料理店の店長となり、韓国料理店で独立する機を伺うようになった。
そして、2017年に会社を設立し、同年10月「韓国料理 ホンデポチャ」本店をオープンする。「ホンデ」とは「渋谷のような雰囲気の若者の街」(金氏)でソウルにある地名(=弘大)。「ポチャ」とは屋台のこと。金氏は「“ポチャ”という言葉の響きがかわいらしいことから、東京でも受け入れられると思った」とのことだが、新大久保に誕生した1号店はたちまち繁盛店となった。メニューは、典型的な韓国の大衆メニューをすべてそろえた形だが、特に「エビチーズフォンデュ」「チーズタッカルビ」など、ソウルでトレンドのものが人気を博した。以来、同店のメニュー構成は日本の若者向け韓国料理店のスタンダードでありベンチマークの対象となった。
「ホンデポチャ」は新大久保の1号店の後、職安通り店(東京・新宿区)、池袋店、渋谷店、田町店(東京・港区)と直営店を展開し、2022年1月に初のFC店となる代々木横丁店(東京・渋谷区)をオープンした。
これらの立地は韓国のカルチャーを好む若者が多いことから選んだ。田町は韓国の駐在員が多いことから選定した。得意とする店舗規模は20~30坪あたりで、客単価は2500円で推移している。二人連れからグループ客が多く皆メニューを取り分けて食事をしている。
従業員の採用は、主に日本の若い女性で韓国のカルチャーに興味がある人が応募し、同チェーン全体の7割ほどを占めている。基本的に「韓国が好き」ということで違和感なく韓国のカルチャーを醸し出している。ほか3割が韓国出身。店長はすべて韓国出身。
「新大久保韓国横丁」の1階は飲食店が集まった横丁で、2階はカラオケになっている(後述)。1階には、飲食店10店舗ですべてダブらないように構成した。
①「チュンヒャンジョン」:幼い頃、学校帰りに食べた韓国の思い出の味。チヂミ・トッポギ・はるさめ海苔巻き揚げなど。マッコリが多彩。
②「マポ豚足」:6時間漢方材料と一緒に煮込んだ自家製の豚足が特長。ポッサム(※1)・ネジャンタン(※2)などのローカル的なメニューをラインアップ。
③「泡包シャンパンマニア」:餃子とシャンパンをカジュアルに楽しむことができる。
④「チキン屋」:今韓国でヒットしている多様なチキンの専門店。同店のヤンニョムチキン(※3)はオリジナルメニュー。
⑤「漢江(はんがん)の奇跡」:1980年代の韓国で流行し、近年再ブームとなった冷凍サムギョプサルをメインとしたレトロな豚肉専門店。
⑥「ヨスバンバダ」:カンジャンケジャン(※4)、ヤンニョムケジャン(※5)、カンジャンエビ(※6)が食べられる韓国式海鮮屋台。
⑦「ホンデポチャ」:新大久保発祥の韓国料理店。韓国定番料理のサムギョプサルやチーズタッカルビ、エビチーズフォンデュなどがそろう。
⑧「シンサドンホランイ コプチャン」:ソウルの高級街区、シンサドン(新沙洞)で流行しているホルモン焼きの専門店。イイダコやエビ、LAカルビ(※7)を激辛にアレンジ。
⑨「第一食堂」:釜蓋で焼くプルコギや自家製のヤンニョムソース(※8)で熟成させた豚チュムルロク(※9)が食べられる韓国家庭料理専門店。じっくりと煮込んだ牛骨餃子カルクッス(※10)も特長。
⑩「上海ポチャ」:韓国の国民食「ジャージャー麺」をはじめ、ちゃんぽん、韓国式酢豚などを食べられる韓国式中華料理店。
このように各店の専門性が高いことが特長だ。
筆者は昨年12月のオープン以来、同店を何度か訪ねている。いつも満席に近い状態であった。同店の存在感を強烈に感じたのは、祝日の2月23日(水)の夕方17時に訪ねたことだった。店内はほとんど満席で、筆者は「ヨスバンバダ」でカンジャンケジャンを食べた。見渡すと周りはすべて20代前半から30代前半の女性二人連れだらけ。仲良し同士で普段使いの言葉で会話している。「仲良しと一緒にソウルを旅行する、というのはこんな感覚なんだろう」と思った次第。
店内の至る所にモニターが置かれ、キレキレのK-POPダンスが放映されている。最近、韓国流をコンセプトにした飲食店が続々と立ち上がっているが、K-POPを放映している場合と放映してない場合を比べると、店内の空気感が全く異なることを感じている。放映している場合は、店内のお客のテンションが上がり、全体に一体感が醸し出されている。
編集部注:
(※1)ポッサム:ゆでた豚肉を、キムチや野菜などと一緒に巻いて食べる韓国料理。
(※2)ネジャンタン:ハチノス、センマイなどのホルモンを煮込んだスープ。
(※3)ヤンニョムチキン:コチュジャンなどの調味料をあわせた甘辛いたれを絡めたフライドチキン。
(※4)カンジャンケジャン:ワタリガニをしょう油とコチュジャンベースのたれに漬けて熟成させたもの。
(※5)ヤンニョムケジャン:カンジャンケジャンと同じしょう油とコチュジャンベースに、さらに唐辛子やニンニク、ショウガなどを加えたピリ辛のたれに漬けて熟成させたもの。
(※6)カンジャンエビ:エビをしょう油ダレに漬けたもの。
(※7)LAカルビ:薄くスライスした骨付きカルビ。
(※8)ヤンニョムソース:コチュジャンなどの調味料をあわせた甘辛いたれ。
(※9)豚チュムルロク:コチュジャンなどの調味料でもみ込んだ豚肉を焼いたもの。
(※10)カルクッス:温かいスープに麺が入った韓国では定番の麺料理の一つ。
代表の金氏は、「ホンデポチャ」を展開してきた過程で一つの空間に飲食店が集まる“韓国市場”を営業してみたいと構想を描くようになったという。ここの物件を紹介されてから、周りの友人・知人からことごとく「物件が大き過ぎる」と反対されたというが、金氏は3日とたたず契約書に判を押したという。
先述したように、「新大久保韓国横丁」は独特の空気感を醸し出して大ヒットを飛ばしている。コロナ禍での営業自粛要請があったことから2階部分は休業していたが、1階の120坪のスペースだけで月商4000万円を売り上げた。客単価は前述の客層で3000円弱となっている。横丁の1店舗の日商が15万円近い売り上げとなる。韓流居酒屋には欠かせないアルコールのチャミスルは、週末には1日300本以上販売している。
一般的に韓流飲食店はデリバリーに強い傾向にある。特徴のはっきりとしたメニューが、自宅にいて「食べてみたい」という動機をもたらすのであろう。「ホンデポチャ」の既存店でも、これを行っている店では月商500万円、600万円を売り上げている。「新大久保韓国横丁」でもこの部門を強化していく意向だ。
さて、まん延防止等重点措置が明けた3月22日より、2階のカラオケとラウンジをオープンしている。カラオケは最大20人で利用できるVIPルーム1室を含む全8室。どの部屋も日本と韓国両方の機種をそろえている。タブレットを利用して1階の店のメニューを注文できる。フリーラウンジでは1階のメニューを持ち込め、ドリンクカウンターで好みのドリンクの注文が可能。さらにダーツも利用できる。
コロナ禍にあって韓流コンセプトの集合体としてヒットを飛ばしてきた「新大久保韓国横丁」は、この勢いに力をつけて、コリアンタウン新大久保のシンボリックな存在となっていくものと思われる。