東京・門前仲町の住宅街、ビル2階に店舗を構えるイタリアンレストラン「KOKUSHO(コクショウ)」。空中階という立地でありながら、カウンター越しにシェフとの会話が弾むアットホームな雰囲気が評判を呼び、地域に根ざした人気店として定着しています。
2026年10月で9周年を迎える同店ですが、その歩みは順風満帆ではありませんでした。オーナーシェフの国生様が9年間の店舗経営で直面した課題と、それを打開してきた打ち手から、物件選びや初期集客、コンセプトづくりに活かせる現場のノウハウを紐解きます。
独立に向けて物件を探し始めた当初、国生シェフは長年働いていた目白エリアに近い江戸川橋周辺で出店を検討していました。商店街の中にある新築マンションの1階テナントという好立地でしたが、大きな課題となったのが「排気ダクトの工事費用」です。
その物件は、排気ダクトを1階から8階の屋上まで引き伸ばす必要がある構造でした。ダクト工事だけで当時の資金計画を超える費用がかかることがわかり、出店を断念。立地が魅力的でも、スケルトン物件や重飲食設備の整っていない物件では、思わぬ工事費用が資金計画を圧迫するリスクがあります。国生シェフはここで無理せず、計画をリセットする判断を下しました。
次に目を向けたのが、趣味で現代美術館に通っていた縁のある門前仲町エリアです。当時はまだ今ほど飲食店が多くない時期でしたが、飲食店の居抜き物件サイト「e店舗」で検索したところ、以前の店舗の設備が残る居抜き物件が見つかりました。排気ダクトがそのまま残っていたため高額な工事が不要で、さらにワイングラスなどの備品まで揃っていたことから、初期費用を抑えてオープンできました。
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立地選びでは、公的支援の活用も重要な要素となりました。当時亀戸に住んでいた国生シェフは、通いやすさに加えて江東区内での創業を選択。同区の低金利な創業支援融資(制度融資)を活用でき、資金調達をスムーズに進められました。創業地となる自治体の融資制度をあらかじめ調べておくことが、初期の資金調達で大きなアドバンテージとなりました。
開店直後は思うように客足が伸びず、集客面で大きな壁にぶつかりました。認知不足を打開するため、国生シェフは営業後に近隣の居酒屋やカフェへ足を運び、挨拶回りを始めます。街へ出向いて顔を覚えてもらう地道なアプローチを重ねる中で、ある居酒屋が満席や定休日の際に、店頭で国生シェフの店を案内してくれていたことを知りました。
「知人から『あそこの居酒屋さん、満席の時とか休みの日に、表に張り紙出してるよ』って聞いて。『うちは休みだから国生に行ってください』って(笑)。それを聞いた時は、本当泣きそうになりましたね。『自分の店に入れないお客様を、できたばかりの新しい店に紹介してくれるんだ』っていう下町ならではの義理人情と支え合いに、どれほど救われたかわかりません」(国生シェフ)
集客における大きな反省点は、開業前にマーケティング予算を確保できず、WEB広告やSNSを事前に動かせていなかったことです。開店後の忙しさの中で一から集客手段を構築するのは容易ではなく、オープン前から告知施策を計画に組み込んでおく重要性を痛感したと言います。
この遅れを取り戻すため、開業後はSNS運用に注力しました。
「インスタは始めるのが本当遅くて、コロナ期くらいだったんです。常連さんから『ストーリーをあげなきゃダメですよ』とアドバイスをもらって素直にやってみたら、どんどん見てくれる人が増えていきました」(国生シェフ)
実際の運用では、営業時間や予約状況のお知らせといった基本的な情報発信にとどまらず、地元・鹿児島の新鮮な食材の入荷情報や、人気メニューであるフリットを揚げる様子の動画などをストーリーで積極的に発信。さらに、スタッフが開催するチョコペンアート教室の様子など店舗の日常を伝えるとともに、フィード投稿でもシズル感あふれる料理写真で魅力を伝えており、多くのお客様から人気を集め、現在ではInstagramが新規顧客の来店きっかけ第1位となっています。
YouTubeやTikTokでの動画発信も継続して行っており、近年では実際に「TikTokの動画を見て来ました」という若い世代のお客様も訪れるようになっています。開業時の後悔を糧に改善を重ねたSNS発信が、ターゲット層を広げる安定した集客方法として機能しています。
コロナ禍の時期、これまでのコンセプトのままで良いのか迷った国生シェフは、自店の感覚だけに頼らず、江東区の10年単位の人口推移データや店舗周辺の住環境を改めてリサーチしました。出店後には近隣にカフェやパン屋、ワインバーの出店も相次ぎ、街全体の賑わいも増していました。
「江東区の10年の人口指数みたいなのを調べたら、他の区が下がっている中で人口が増えていて。周辺を見てもファミリー向けのマンションも、一人暮らし向けのマンションもすごく増えていたんです。価格帯を安くしたわけじゃないですけど、地域の方がもっと立ち寄りやすい雰囲気にしていこうと、アットホーム感みたいなのを出し始めました」(国生シェフ)
フォーマルな印象を与えていたテーブルクロスを外し、スタッフのユニフォームもオリジナルTシャツへ変更。客席には折り紙の装飾を置き、店内外にはスタッフ手書きの看板を設置しました。価格ではなく空間の敷居を下げたことで、20代から70代まで幅広い層が日常的に訪れる店になっています。
また、2025年夏には業務効率化のためにモバイルオーダーを導入。厨房・ホール間の伝達をデジタル化する一方で、スマホ操作が苦手なお客様にはスタッフが直接注文を取りに行き、ワインの注文時には必ずボトルを席まで持参して説明しています。デジタル化で生まれた余裕を接客の質へ還元し、効率化と温かみを両立させています。
店内に飾られる大平さん直筆のイラスト付き看板
客席の雰囲気やモバイルオーダーといった店舗づくりの「入りやすさ」を整える一方で、国生シェフは店舗の価値を決定づける料理とサービスの中身にも、継続して手を入れ続けてきました。
同店の人気メニューは、サクッとした食感に仕上げる夜のフリットや各種パスタ料理。フリットを揚げる様子の動画はInstagramでも人気を集めています。デザートの看板「トカクティラミス」は、近隣の「トカクカフェ」の焙煎豆を使用。地域とのつながりが生んだ一品として、大人だけでなく子どもからも人気です。今後は、地元・鹿児島の肉(牛・豚・鶏)や桜島大根を生かしたメニューの強化も進めています。
人気メニューのフリットやパスタなどの品々
「コロナ禍の頃は、ワインが弱点だったんですよ。修業先の師匠から助言をもらって仕入れを強化して、元同僚のソムリエが毎月4本ほどセレクトして卸してくれるワインを使って、料理とのバランスを約2年かけてスタッフと2人で訓練したんです」(国生シェフ)
現在は「料理にワインを合わせる」のではなく、「選ばれたワインの味わいに合わせて料理の立ち位置を寄せていく」アプローチを取っています。毎月届くワインを試飲し、その特徴を引き立てるようにコースの味付けを微調整。さらに予約時にお酒を飲むかどうかを確認し、飲まれる方と飲まれない方とで塩加減や味の濃淡を変えて提供しています。
国生シェフが経営で最も大切にしているのは「60点でもまず形にして、行動しながら微調整する」姿勢です。
今後は近隣オフィスの会社員へ向けたランチメニューの再構築に加え、カフェ&バーとチョコペン教室も開催できる2店舗目の展開も視野に入れています。2店舗目を任せられる右腕となってもらうため、スタッフに大人向けのチョコペンアート教室イベントを主催させるなど、自信と技術をさらに深めてもらう環境づくりも並行して進めています。
目指すのは、かしこまったイタリアンではなく、「この街にあったら誰もが嬉しいと思える、現代のファミリーレストランのような日常使いの場所」です。時代の変化に柔軟に対応しながら、KOKUSHOはこれからも地域に根ざした挑戦を続けていきます。
大平さんによるチョコペンアート。これを求めて来店されるお客様も多い。