以前紹介したレインボーカンパニーに続いて、東京・三軒茶屋でドミナント出店をしている事例として株式会社和音人(わいんびと、本社/東京都世田谷区、代表取締役/狩野高光)を紹介しよう。
同社は2015年6月「和音人月山」をオープンして以来、現在三軒茶屋に7店舗展開している。オープンした順に列挙すると、2号店が「GYOZA SHACK」「ろんど」「りんどう」「雫月」「華音」「雛音」となる。それぞれの店に骨太のコンセプトが存在し、同社のファンは各店舗を巡ってそれぞれの個性を楽しんでいる。
同社社長の狩野高光氏は28歳で独立を果たしているのだが、独立までに経緯を伺うとその道のりを自ら切り開き自らを鍛え上げている。その飲食業を志すブレのない姿勢に敬意を表したい。
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狩野氏は1987年1月生まれ、東京都墨田区向島の出身で「もんじゃ屋」を営む家で育ち、子供の頃から飲食業に親しんでいた。中学卒業後、進学をせずに、アルバイトとして向島の焼鳥店と喫茶店を掛け持ちで働いた。焼鳥店では17歳で「焼き場」に立った。
この後、18歳で地元の老舗ベーカリーに入り新店立ち上げのスタッフとなった。焼鳥店で働いていた当時に炭の香りに親しんでいたが、ベーカリーに入ってイーストや発酵、ナッツなどの香りに魅了された。ここでは19歳で店長に就任してマネジメントを学んだ。
21歳となり、グローバルダイニングにアルバイトとして入社した。ここでは同社の徹底した実力主義に驚かされた。狩野氏の時給は最初900円であったが、翌月には1300円となった。全員が給料を開示していて実力を競い合う環境をリスペクトした。同社では、代官山の「ラ・ボエム」と「タブローズラウンジ」に所属し、1年と少し働いた。
貯金は450万円となり、緻密な事業計画書を作成して、日本政策公庫に持って行ったところ、奇跡的に1400万円を借り入れすることができた。これが狩野氏にとって大きな転機をもたらした。
1号店を出店する1カ月前からワイン用のブドウの苗を植えたり農業も手掛けた。このような社会貢献の視点も加味して事業計画書を作成したことが融資に際して高く評価されたものと狩野氏は認識している。
「和音人月山」は「山形県産食材」にこだわった店だ。東京出身の狩野氏が1号店の山形の店を出店したのはなぜだろうか。それは「起業した時に目的としたことは、社員の夢を一つずつかなえていくことだった」という。
「この店は一度失敗したことがある」と狩野氏は言う。オープンしたのは2016年12月、当時は「大衆酒場ブーム」でそのトレンドに追随した客単価3000円の店であった。居心地のよい雰囲気があり、それが災いしてお客様も長居するようになり利益が出にくい体質となった。この経営状況をある人に相談したところ、「ブームに乗るのではなく、自分でやりたい店をやるべきだ」とアドバイスされた。
和音人が三軒茶屋にドミナントを築いているのはなぜだろうか。
「私にとって成熟度が高い街とは、中野、学芸大学、三軒茶屋で、起業をしてから街の人と共に老舗になっていくイメージです」
「日本の外食の価格は安いと認識しています。どちらの店も現状のものから1000円、2000円上げるべきでしょう」
和音人の店舗は料理のクオリティが高いと同時に客単価も高い。月山がオープンした当時の客単価は6000円であるが、当時の三軒茶屋ではこのマーケットは空白だったという。
和音人が展開する店のようにクオリティが高く個性的な店が増えていくことによって、三軒茶屋はますます魅力を高めていくことであろう