飲食店で火災が起きると、経営は一瞬で危機に陥ります。
お客さまや従業員の安全だけでなく、消防法に基づく防火管理者の義務違反による処罰や営業停止、そして信頼の失墜といったリスクが一気に押し寄せるからです。
さらに、火災による建物や設備の損壊、休業による売上減少といった経済的な損失も発生します。このような経営リスクに備えるために、火災保険への加入も重要です。適切な保険に加入していれば、建物や設備の修理費用や休業補償、賠償責任の負担を軽減できます。
また、防火管理者としての適切な管理や教育が行われていない場合、法律上の責任が問われる可能性もあります。
本記事では、飲食店で火災が発生した場合の消防法上の義務や法律的リスク、実際の火災事例、そして防止のために店長や経営者が取るべき実務的な対策について、分かりやすく解説します。
飲食店で火災が発生すると、被害は「人命・法律・経営」の3つの面で一気に押し寄せます。
まず最も深刻なのはお客さまや従業員の安全ですが、同時に法律違反による処罰や営業停止、さらには経営破綻につながる風評被害も避けられません。ここでは、それぞれのリスクを具体的に見ていきましょう。
火災による最も深刻な影響は、人命への被害です。
特に飲食店は油やガスを扱うため、火の回りが早く、わずかな避難の遅れが大きな事故につながります。安全を守れなかった場合、お店の責任者が『注意をしなかった』として責任を問われることがあります。
その結果、お客様から損害賠償を求められたり、場合によっては刑事事件として処罰されることもあります。
消防法では、飲食店に対して防火管理者の選任や消防設備の設置・点検義務が課されています。
たとえば消防法第8条では、一定規模以上の飲食店に「防火管理者の選任」を義務付けています。
もし防火管理者を置かなかったり、消防署からの命令を無視した場合、30万円以下の罰金が科されることがあります。さらに悪質なケースでは、6か月以下の懲役や50万円以下の罰金といった、より重い処罰を受ける可能性もあります。
また、消防設備の未設置や点検漏れが見つかれば、消防からの指導・改善命令、営業停止命令といった処分が下され、経営継続が困難になるケースもあります。
火災が起きれば建物や設備の修繕費だけでなく、休業中の売上損失や近隣店舗への損害賠償責任まで発生する可能性があります。さらに「火災を起こした店」というネガティブなイメージがSNSで一気に拡散すれば、長期的な顧客離れを招きます。
現代では火災は「物理的な被害」だけでなく「炎上=信用リスク」に直結するのです。
飲食店の火災といえば「厨房の火」や「油の取り扱い」が真っ先に思い浮かびます。
しかし実際には、電気系統の不具合や建物の構造の劣化など、意外な場所からも出火することがあります。
「想定外の火元」を見落とすと、どれだけ注意していても火災を防げない危険性があるのです。ここからは実際のニュース事例を通して、そのリスクを具体的に見ていきましょう。
2025年7月、福岡市の飲食店で火災が発生し、店内が大きく損壊しました(TNC報道)。幸い死傷者は出ませんでしたが、出火原因は「電気系統の不具合」とされ、経営者の管理体制が問われました。
教訓:火元が厨房以外でも発生する可能性があるため、電気設備の点検も防火管理の一部として欠かせません。
2025年2月には、宮崎市の飲食店で火災が発生し、周辺の建物にまで被害が及びました(NHK報道)。調査では、厨房の熱によって外壁が長い時間をかけて炭化し、それが出火につながったとみられています。
教訓:火災は必ずしも「厨房の火」が原因とは限りません。建物の構造や設備の劣化など、見えにくい部分からも発火するため、総合的な防火対策が必要です。
飲食店を安全に営業するには、法律で決められた防火対策を守ることが大切です。
消防法では、防火管理者の選任や消防設備の点検、避難経路の確保など、経営者に具体的な義務が定められています。
違反すると罰金や営業停止などのリスクもあります。
ここからは、条文ごとに何が義務かを見ていきましょう。
収容人数30人以上の飲食店では、防火管理者の選任が義務です。
防火管理者とは、火災を防ぐための管理全般を担当する責任者のことです。消防法に基づき、従業員への防火教育や避難訓練、消火器・スプリンクラーなどの防火設備の点検を行い、店全体の安全管理を統括します。
担当者になるには、所定の「防火管理者講習」を受講して資格を取得する必要があります。この講習は、各都道府県の消防署や消防設備安全センターなどで受講できます。資格取得後は、店長や経営者が誰を防火管理者にするかを明確に決め、名簿や掲示で社内外に周知しておくことが重要です。
さらに、防火管理者は消防署への報告や点検記録の保存など、日々の管理業務も担当します。消火器やスプリンクラーの点検記録は6か月ごとに作成し、1年間保存することが推奨されます。こうした運用を守ることで、万一火災が発生した際にも、経営者として適切な管理を行っていた証拠になります。
消防法第36条では、消防設備の設置と点検が義務付けられています。
消火器やスプリンクラーが壊れていたり、避難経路が塞がれていると、火災時に大きな被害につながります。
日頃から設備を確認し、避難経路を確保することで、従業員とお客様の安全を守ることができます。
消防法違反があれば、罰金だけでなく営業停止命令もあり得ます。
改善指導に従わなければ、懲役6か月以下や罰金50万円以下が科される可能性もあります。
火災発生時に経営者が責任を問われないためにも、日常の管理を徹底することが不可欠です。
火災は一度発生すると被害が大きく、飲食店の経営に深刻な影響を与えます。
しかし、日頃から適切な管理や準備をしていれば、火災リスクを大幅に減らすことが可能です。
ここからは、経営者や店長が現場で実務的に取り入れられる具体的な防火対策を見ていきましょう。
火災防止は、日々の点検から始まります。ガスコンロや換気扇の清掃、電気コードの劣化確認など、確認すべき項目をマニュアル化しておきましょう。
チェックリストを作成し、スタッフが署名する形で管理すれば、「見落としゼロ」に近づけます。
さらに、点検項目ごとの優先度や対応方法を明確にしておくことで、新人スタッフでも安心して作業できます。こうした日常点検の積み重ねが、火災リスクを大きく減らす第一歩です。
アルバイトを含む全スタッフに、防火教育と避難訓練を徹底しましょう。
「火災報知器が鳴ったらどう動くか」「消火器の使い方」など、実際に体を動かして確認することが重要です。
また、現場を想定したロールプレイやシナリオ訓練を取り入れると、火災発生時の判断力やチームでの協力体制も向上します。
定期的な訓練は、従業員の不安を減らすだけでなく、火災発生時の被害を最小限に抑える効果があります。
消火器は設置するだけでなく、有効期限を確認し、常に使用可能な状態にしておくことが求められます。
消防法では6か月ごとの点検と、1年に1度の報告が義務化されており、この報告は管轄の消防署に提出します。これを怠ると、指導や罰則の対象になります。
加えて、スプリンクラーや火災報知器といった設備も定期的に点検し、異常があればすぐに修理する体制を整えることが大切です。
設備管理と従業員教育を組み合わせることで、火災の初期対応力が格段に向上します。
火災は発生すると店舗の建物や設備に大きな損害を与えるため、火災保険への加入は不可欠です。火災保険には、主に以下のような補償があります。
建物や設備の修理費用
火災で厨房機器や内装、外装が損壊した場合、修理費や再建費用を保険でカバーできます。特に、油やガスを扱う飲食店では被害が大きくなることが多いため、十分な補償額の設定が重要です。
休業補償
火災発生で店舗を休業せざるを得ない場合、休業中の売上減少を補償する保険もあります。例えば、休業前の平均売上や固定費を基準に補償額が算出され、経営の急な損失を緩和できます。
賠償責任補償
火災によって隣接する建物や通行人に損害を与えた場合、賠償責任保険が適用されます。万一、近隣の店舗や通行人に被害が及んでも、自己資金での賠償負担を大きく減らせます。
火災保険に加入する際は、契約内容を十分に確認することが大切です。補償範囲や免責事項、申請手続きの流れを理解しておかないと、実際に火災が起きた際に支払いが認められない場合があります。
特に、厨房機器や什器、食品など、対象となる財産を具体的に明示しておくことがポイントです。
また、火災発生後の手続きも迅速に行う必要があります。
損害状況の写真や被害額の見積もりを整理して、保険会社へ速やかに提出することで、補償金の支払いがスムーズになります。保険の加入や申請手続きを従業員や責任者で共有しておくことも、緊急時の混乱を避けるうえで有効です。
飲食店における火災は、一度発生すると「法律上の処罰」「経営上の損害」「信用失墜」という三重のリスクをもたらします。お客さまや従業員の安全が損なわれるだけでなく、消防法違反による罰金や営業停止、さらには再建費用や休業による売上損失など、経営への影響は計り知れません。
しかし、消防法に基づく防火管理や日常的な設備点検、従業員への防火教育を徹底することで、多くの火災は未然に防ぐことが可能です。
消火器やスプリンクラーの点検、避難経路の確保、定期的な避難訓練など、具体的な取り組みを継続することが重要です。
また、火元だけでなく電気設備や建物構造の劣化など、見えにくい部分からも火災は発生するため、総合的な管理が求められます。
消防法に基づく火災対策は、単なる法律上の義務にとどまらず、飲食店の経営を守るための最低限の安全基盤です。さらに、日常的な防火管理やスタッフ教育に本気で取り組むことは、事故を防ぐだけでなく、「安全で安心して食事ができる店」という評価につながります。こうした努力こそが、顧客から選ばれる飲食店になるための最大の武器になるのです。