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税務調査は“任意”なのに強制的? 飲食店が知るべき調査対応のルール

作成者: 豊幡佳乃|Oct 21, 2025 12:00:00 AM

はじめに

飲食店を経営していると、ある日突然「税務署から調査に伺いたい」と連絡が来ることがあります。
税務調査と聞くと「何か悪いことをしたのかな?」と不安になりますよね。

実は、税務調査は“任意調査”と呼ばれ、法律上は「納税者の協力のもとに行う」ことになっています(国税通則法第74条の2)。
つまり、警察の家宅捜索のように強制的に入ってくるわけではありません。

しかし、現場では「断りづらい」「実質的には強制的に感じる」という声も多いのが実情です。
この記事では、飲食店の経営者が知っておくべき税務調査のルールや、実際の裁決事例をわかりやすく紹介します。

税務調査は“任意”?それとも“強制”?

税務調査には「任意調査」と「強制調査」の2種類があります。飲食店に入るのは、ほとんどが任意調査です。

これは国税通則法第74条の2に基づき、税務署が帳簿の閲覧や質問をできると定められています。

ただし警察のような強制力はなく、国税庁も「納税者の理解と協力を得て行うことが基本」としています。

つまり形式上は“お願いベース”の調査で、断ることも可能です。

しかし、実際には拒否や書類提出の遅れが「非協力的」と見なされることもあり、調査が長引くケースもあります。

特に現金商売の多い飲食業では、記録の曖昧さが疑われやすく、「任意」といっても実務上は“ほぼ強制”に近いのが実情です。

 

税務調査はなぜ“強制的”に感じるの?

税務署の調査官は、質問や資料提出をあくまで「お願い」として行います。
しかし、その言い方や雰囲気が強く感じられることがあり、「拒否したら不利になるのでは」と不安に思ってしまう経営者も少なくありません。

実際、調査中には「修正申告をおすすめします」「このままだと追徴課税になります」などといった表現が出ることもあります。
こうしたやり取りが続くと、「これはもう強制なのでは?」と感じるのも無理はありません。

ただし、ここで重要なのは、これは違法な“強制調査”ではないという点です。
税務署は、刑事事件のように令状を取って押収したり、立ち入りを強制する権限を持っていません。
あくまで納税者の“協力のもと”で調査を進めているのです。

言い換えると、税務署の「任意のお願い」に対して、納税者が心理的に“逆らいづらく感じている”という構図です。
このギャップが、「任意のはずなのに強制的に感じる」最大の原因といえるでしょう

実際にあった飲食店の税務調査トラブル事例

税務調査でのトラブルを防ぐためには、「何が問題とされやすいのか」を知ることが大切です。
ここでは、キャバクラ・スナック・居酒屋を経営していた個人事業主に対して行われた実際の裁決事例をもとに、調査でのポイントを見ていきましょう。

この経営者は、税務署から「提出された帳簿や領収書だけでは、正確な所得金額を算定できない」と指摘されました。
税務署は、同業の平均的なデータをもとに所得を“推計”して課税を行いました。
一方で経営者は、「調査手続に違法があり、実際の帳簿で正確に計算できる」と主張し、裁決を求めました。

 

税務調査手続に“違法”はあったのか?

争点の一つとなったのは、税務署の調査のやり方が法律に沿って行われたかどうかです。
国税通則法第74条の11では、調査が終わったときに「調査結果の説明」と「書面での通知」を行うよう定めています。

この事案では、調査官が経営者と税理士に結果を説明し、修正申告を勧める書面を渡していました。
そのため、国税不服審判所(裁判のような場)も「調査手続には違法はない」と判断しました。

つまり、税務署が法律で定められた手順を守っていれば、調査は有効ということです。
「説明がなかった」「突然課税された」といった場合でなければ、調査自体が無効になることはほとんどありません。

 

帳簿が信頼されなかった理由とは?

この経営者は、日々の売上をノートに記録していましたが、伝票や領収書が一部欠けていたのです。
また、売上の記録と実際の伝票金額に差がある日も見つかりました。

税務署は、「この帳簿では実際の売上を正確に把握できない」と判断。
その結果、推計課税という方法が使われました。

🔍 推計課税とは?
記録や証拠が不十分なときに、同じ業種・規模の他店の平均データを使って所得を見積もる方法です。

審判所も「帳簿の信頼性が低い」として、税務署の判断を支持しました。
つまり、「きちんと帳簿をつけていない」と見なされると、実際よりも多く課税されるリスクがあるのです。

飲食店のように現金の出入りが多い業種では、メモ帳やノートだけの管理は危険です。
売上伝票・仕入れ伝票・領収書などを揃えておくことが、最も確実な防御になります。

 

消費税の仕入税額控除が否認された理由

さらに、この経営者は「消費税の仕入分を差し引く控除(仕入税額控除)」も主張しました。
しかし、消費税法第30条では、次のように定められています。

「帳簿および請求書を保存している場合に限り、仕入税額控除を適用できる」

つまり、帳簿と請求書がそろっていないと控除は認められないというルールです。

ところが、この経営者は税務調査のときに帳簿を出せず、後から「見つかった」と提出しました。
しかし、調査終了後だったため「確認できる状態で保存していなかった」と判断され、控除が否認されました。

✅ ポイント
領収書・請求書・帳簿は、税務署が求めたときにすぐに出せる状態で保存しておくことが大切です。
「後から出す」は通用しません。

 

飲食店経営者が学ぶべきこと

この裁決から学べるのは、次の2点です。

  1. 税務調査の手続きに違法があることはほとんどない
     → 税務署が説明・通知を行っていれば、調査は有効です。

  2. 帳簿の信頼性がすべての基礎になる
     → ノートやメモではなく、伝票・レシート・請求書を日付順に整理しておきましょう。

税務署は「完璧な経理」を求めているわけではありません。大切なのは、資金の流れが一目でわかる透明な記録です。
それができていれば、税務調査が入っても自信を持って対応できます。

飲食店の税務調査でよくある誤解と注意点とは?

税務署が見るのは、見た目の帳簿や資料よりも「お金の流れの実態」です。
帳簿が整っていても、入出金が実際と合っていなければ「隠しているのでは」と疑われる可能性があります。

飲食店の税務調査では、経理担当者のちょっとした判断ミスや、「これくらいなら大丈夫」という思い込みがトラブルのきっかけになることも多いです。
ここでは、特に誤解や勘違いが起きやすいポイントを整理して紹介します。

 

売上金を個人口座に入れていませんか?

「管理がラクだから」「口座を分けていないから」といった理由で、売上金を家族やスタッフ名義の口座に入金しているケースは少なくありません。

しかし、税務署から見ればそれは「誰の収入か分からないお金」です。
このような場合、「収入を意図的に隠している」と判断されるリスクがあります。

売上は必ず店舗名義の事業用口座に一本化し、プライベート口座とのお金のやり取りはできるだけ避けましょう。
口座が分かれていれば、税務調査のときも「お金の流れが明確」として信頼されやすくなります。

 

領収書のない経費を計上していませんか?

飲食店では、細かな現金支出が多く、「レシートをもらい忘れた」という場面も少なくありません。
しかし、証拠のない支出は“経費”として認められない可能性があります。

「小さな出費だから問題ない」と思っても、積み重なれば大きな金額になります。
領収書がない場合でも、支払日・金額・支払先・用途をノートやExcelに記録しておきましょう。
これだけで、税務調査の際に「きちんと記録している」と評価されるケースが多いです。

 

修正申告をその場でしていませんか?

税務署の調査官から「この部分は間違っていますね。今ここで修正しておきましょう」と勧められることがあります。
一見、親切な提案のように聞こえますが、その場で署名するのは要注意です。

一度提出した修正申告は、原則として後から取り消すことが難しいため、誤りがあった場合に不利になることもあります。
そのため、内容をしっかり確認し、必ず税理士など専門家に相談してから提出するようにしましょう。

ワンポイント
「その場でサインしなければいけない」というルールはありません。
一度持ち帰り、冷静に判断することが最善です。

 

飲食店が税務調査の「任意」と上手に付き合うコツとは?

税務調査を完全に避けることはできませんが、「正しい対応のコツ」を知っておけば、不安を最小限に抑えられます。税務署も“敵”ではなく、事実を確認したいだけの場合がほとんどです。
ここでは、飲食店が“任意調査”と上手に付き合うためのポイントを紹介します。

 

税理士に同席してもらう

税務調査では、必ずしも経営者が一人で対応する必要はありません。
むしろ、税理士に同席してもらうことがベストです。

税理士がそばにいるだけで、調査官の質問にも落ち着いて対応できます。
また、質問の範囲が法律に基づいて適切か、行き過ぎた要求がないかをその場でチェックしてくれます。

ワンポイント
税理士がいない場合でも、「後日、顧問税理士と確認します」と伝えることで、調査の流れを穏やかにコントロールできます。

 

飲食店はその場で答えず「後日回答」でもOK

調査官に質問を受けた際、すぐに答える義務はありません
曖昧なまま答えると、後で「そう言った」と誤解されることもあります。

分からない内容や記録が手元にない場合は、「確認して後日お伝えします」と丁寧に伝えれば問題ありません。
これは法律上も認められている正当な対応です。

ワンポイント
たとえば、「この経費はどこで使いましたか?」と聞かれたとき、レシートや支出メモを後日提出する形でも構いません。
正確さを優先する姿勢が、信頼につながります。

 

税務調査の内容は記録しておく

税務調査のやり取りは、後になって細部を思い出せないことも多いです。
そのため、調査官の質問や回答内容をメモに残すことが大切です。
可能であれば、スマートフォンの録音機能などで会話を記録しておくと安心です。

調査の途中で「言った・言わない」というトラブルが発生することもあります。
記録を残しておけば、後で税理士や専門家と内容を確認し、
誤解があった場合にも正確に説明できます。

ワンポイント
メモを取る際は、日付・担当官の名前・質問内容を簡単にまとめるだけで十分です。
これが、後日の交渉や確認の“証拠”になります。

まとめ|飲食店の経理と税務調査は“任意”だからこそ知識で自分を守ろう

飲食店の税務調査は、「納税者の協力のもとに行われる任意の手続き」です。
しかし、経理の知識がなければ、調査官の質問が強制的に感じられ、本来不要な誤解やトラブルを招いてしまうこともあります。

日々の帳簿や領収書を整理し、資金の流れを説明できるようにしておくことが、税務署から信頼される第一歩です。
「正しい知識」と「準備」があれば、税務調査は決して怖いものではありません。

突然の調査にも落ち着いて対応できるよう、日頃から経理を整え、証拠書類をきちんと残しておきましょう。
それが、飲食店経営を守る最も確実な防衛策です。

一方で、正確で透明な経理は、ただ“守り”にとどまりません。
しっかりとした数字の裏付けがあれば、銀行融資や補助金申請の際にも大きな信頼を得られます。
経理を整えることは、税務署への備えだけでなく、攻めの経営を実現するための武器にもなるのです。

信頼される経理と、誠実な数字の積み重ねが、あなたの飲食店を強くし、未来を広げる力になります。