HOME

年商20億・創業33年のレジェンドが語る信念と商売の本質──飲食経営で勝ち続けるための出店ノウハウ

作成者: 豊嶋楓果|Jul 24, 2026 8:00:00 AM

円安や物価高、深刻な人手不足など、現代の飲食業界を取り巻く環境は厳しい。多くの経営者がシステム化や効率化、組織化に活路を見出そうとする中、マニュアルも本部も作らず、現場主義の「空気感」だけで16店舗・年商20億円を築き上げた経営者がいる。株式会社ベイシックスの創業者、岩澤博氏だ。

 

岩澤氏は創業33年目となる今年、柳沢氏に社長の座を譲り、自らは代表取締役会長CEOに就任して、次の世代へと会社を託す一つの節目を迎えた。 社長の座を退き、世代交代を図ったとしても、彼の語る言葉から見えてくるのは、時代がどう変わろうとも決してブレない「人を大切にする」という信念であり、「スタッフからもお客様からも愛される店」が生まれるという商売の本質を守り続ける、変わらないベイシックスの姿である。

海外展開で成功する業態選定と空気感の作り方、そして経営の根底にあるスタッフファーストの信念  

ベイシックスの海外展開といえばシドニーだ。現在は物価が日本の約3倍、アルバイトの時給が日本円で3000円(土日祝日は5000円)というインフレの渦中にあるが、現地では客単価1万円というビジネスを成立させている。

 

そもそもシドニーに串焼き店を出店しようとなったきっかけは、岩澤氏が懇意にしている、現地で活躍する飲食経営者との「縁」だった。その経営者を日本にある同社の『ごりょんさん』や『ジョウモン』に連れて行った際、「これをぜひシドニーでやろうよ!」と熱烈に誘われたことからすべては始まっている。ここにも、岩澤氏が何よりも人や縁を大切にする姿勢が表れている。

 

では、海外でどのような業態が成功するのか。岩澤氏は自身のブログ(ガンさん日記)のなかで、外国人受けしやすいのは「肉、魚!」といった一目で伝わる分かりやすい料理や業態だと明かしている。串焼きというシンプルかつダイレクトに美味しさが伝わる業態を選んだことも、海外進出における大きな勝因だ。

 

さらに同社は、現地での運営を「オールジャパニーズ」で突き通している。現地には日本人以外のスタッフが運営する日本料理店も多く、そのような店が現地での需要が高い現実もある。しかし同社は、日本で育った従業員が本物の日本料理と日本のサービスを提供することにこだわる。だからこそ、現地資本の店には真似できない「本物の空気感」を作り出し、差別化を実現できているのだ。

 

このように、海外のニーズに合致する「分かりやすい業態」を的確に選択したことや、「オールジャパニーズ」のこだわりによって本物の空気感を保ち差別化を図っていること、さらには日本とシドニーの間に「時差がほとんどない」という利点を活かしてリアルタイムな経営管理を行っていること。これら優れた経営ノウハウの数々によって成功を収めているように見える。 成功しているように見えるが、岩澤氏が出店地を選ぶ基準の根底にあるのは、どこまでも「スタッフへの愛」だ。アジアへの進出予定について話が及んだ際、岩澤氏はこう語っている。

 

「フィリピンの大使館から直接連絡があって、現地の大富豪がわざわざ来てくれました。「ごりょんさんかジョウモンと一緒にやりたい」と言ってくれて。ただ、出店先を考えるときは、そこで働く従業員が安心して暮らせるかどうかも大事じゃないですか。大切な従業員を、不安のある場所にはやっぱり行かせられない。そう考えると、シドニーのような環境が合っているのかな、となるわけです 」

 

どれだけビジネスとしてのチャンスや大富豪からの誘いがあろうとも、自社の大切なスタッフが安心して生活できないような場所には向かわせない。シドニーを選んでいるのは、街が綺麗で衛生的、かつ治安が良いからこそ、「そこで暮らす子たちのこと考えると」という、従業員の命と生活を守るための決断なのだ。

 

物価や時給の高騰から困難に思えるかもしれないが、その分だけ客単価や利益も高く確保できるため、シドニーのようなインフレの国も海外進出先の一つの手となるようだ。このように、どれだけビジネスチャンスがあろうとも「スタッフの命と生活を守る」ことを最優先にする。これこそが、岩澤氏が33年間貫き通してきた「人を大切にする経営」の信念である。

ごりょんさん シドニー店の日本人スタッフが働く様子

経費を浮かせて現場の成長へ還元する、スタッフ体験投資戦略 

スタッフの安心と生活を何よりも最優先にする岩澤氏の姿勢は、国内の財務戦略において、さらにシビアな形で実践されている。会社の主役である現場のスタッフがもっとも輝く環境を整えるため、そこには経営者の「見栄」を排除した独自の還元哲学があった。

 

売上が安定してくると、経営者なら誰しも「そろそろ一等地に立派な事務所を構えたい」「少しは贅沢して箔をつけたい」という見栄が頭をよぎるものだ。しかし岩澤氏は、年商20億の規模になっても大きなオフィスを構えず、移動はバスと電車を頻繁に利用し、事務作業も自分一人でこなす。オーナーが格好をつけて間接経費を増やすことを「経営者の自己満足」と切り捨てるのだ。

 

なぜそこまで無駄な支出を削るのか。その理由は、浮いたお金をすべて「現場のスタッフの体験」に全振りするためだ。

 

「高い家賃を支払って都心の一等地にお洒落なオフィスを構え、何人もの事務員を雇っていれば、それだけで年間数千万円もの固定費が消えてしまいます。だったら、事務作業なんて僕が一人でやった方がいい。その分浮いたお金を、全部そのまま現場のスタッフに返せますから全額会社負担の社員旅行やボーナスといった形で、スタッフの体験へ投資した方が遥かに有意義です」

 

同社では旅行代金の積立などは一切させず、ハワイやニューヨークなどの旅費は会社が全額負担する。さらに、メニュー開発で「つくねを作りたい」という社員がいれば、すぐさま業界最高峰の名店へ連れて行く。

 

「口で説教するより、実際に目で見せた方が早いんですよ。本物を経験させる。それが一番伸びる。ただ、連れて行くからには『その味を超えろよ』って必ず言います。そこは期待も込めてね 」

 

「飲食業は下に見られがち、ブラックと思われがち」だからこそ、張らなくていい見栄(本社費)を徹底的に削り、その原資をすべてスタッフの「憧れと成長の体験」に投資する。

 

全額会社負担で海外へ連れて行き、本物の味を惜しみなく体験させる。こうした投資の根底にあるのは、経営者自らが「飲食店の経営者はこれほど楽しく、夢がある仕事なんだ」という憧れの存在であり続けることだ。言葉で飾るのではなく、文字通り自らの背中で業界のイメージを覆し、スタッフに未来の夢を見せている。

 

大阪の京橋に、岩澤氏が一番尊敬している「とよ」さんという伝説の屋台の店主がいる。かつて岩澤氏がとよさんと過ごした時間の中で、直接かけてもらった「儲けようとしたらあかんで。儲けは後からついてくるもんやから」という言葉。この教えを体現するかのように、数字を最優先にするのではなく、目の前のスタッフを大切にする財務戦略。 どこにお金を使い、どこを削るべきか。経営者自身の「背中」で語るこの合理的な投資バランスこそが、33年経ってもスタッフから愛され、成長し続ける会社を作る唯一無二の正解なのだ。

 

経営者が見栄を張ってオフィスや高級車にお金を使うのか、それとも無駄を削ぎ落としてスタッフの「本物の体験」に投資するのか。このお金の使い道の差こそが、会社の未来を分ける決定的な分岐点だ。張らなくていい見栄を1円でも多く削り、その原資をすべて現場に回してスタッフに夢を見せる。この合理的な投資戦略があるからこそ、人は育ち、会社は30年以上経っても熱狂的に輝き続けるのだ。

スタッフにとって憧れの存在であり続ける岩澤氏

レジェンドたちに共通する即応力──岩澤氏と牛角・西山氏の行動から学ぶ成功の経営者マインド 

経営者のエゴを捨ててすべてを「現場の体験」に全振りする徹底した現場主義は、危機や変化に直面した際の意思決定のスピードにも直結している。海外進出という大きな決断を果敢に下す一方で、岩澤氏の商売には、日々の現場で「違和感」を察知した瞬間に誰よりも素早く舵を切る圧倒的な「即応力」が備わっている。

 

同社の強さは、その決断の速さと行動力にもある。象徴的なのが、渋谷・百軒店で1階にジンギスカン、2階にバーを出したときのエピソードだ。

 

1階のジンギスカンはグランプリで優勝するほど美味しかったが、思うように売上が伸びなかった。その時、岩澤氏は「これはだめだ」と感じ、わずか半年で潔く店を閉める決断を下す。そして、次に何をするかとなった時、店を閉じたのはわずか2日間だけだった。


「もとがジンギスカン屋だから、各席にコンロが埋まってるわけです。あれを全部つぶして、休んだのはたった2日間。合羽橋で什器を一気に買い揃えて、一息にお洒落な業態に変えたんですよ。そうしたら月商1,200万円、大ヒットです 」

 

ダラダラと悩んで時間を無駄にしない。「だめだ」と感じたらすぐにやめて、次の行動に即座に取り掛かる。このスピード感と実行力があるからこそ、ピンチを瞬時に大ヒット(現在の串焼きミートマン)へと変えることができるのだ。

そして、この「すぐに改善行動を起こす」という姿勢は、成功する経営者に共通する特徴でもある。岩澤氏は、友人である『牛角』の西山知義氏の1号店(当時は『七輪』)に足を運んだ際の思い出を語ってくれた。

 

「当時のお店は、四角いダクトのフードの下でホタテや肉を焼くスタイルだったんですよ。ただ、そのフードに照明が遮られて、手元がちょっと暗くて。だから西山さんに『せっかくの食材が見えづらいと、美味しさが伝わりにくいのでは?』と率直に言ったんです。そうしたら即座に『わかりました』と。で、次に店に行ったら、もう客席が豆電球で明るくなってた。このスピード感ですよ。これこそ成功する経営者だなと痛感しました 」

 

成功する経営者は、人から指摘されたことや現場の違和感に対して、すぐに行動を起こして変えている。このスピード感こそが、商売の成否を分けるのだ。

 

「今度ここを変えよう」と改善を先延ばしにしている経営者も多いかもしれないが、成功する経営者は違和感に気づいた瞬間にすぐ行動へ移している。常により良くするために現場の改善点を探し、その場ですぐに変えていく圧倒的なスピード感こそが、今の激しい時代を生き残るための必須条件となる。

沖縄での再挑戦で実証した勝てる方程式──出店の成否を分ける客層・物件・客単価・ブランドの徹底リサーチ  

現場の違和感を一瞬で改善するこの即応力は、国内の地方展開においても、さらに緻密なロジックへと昇華される。世界を見据えたシドニーでの挑戦の一方で、沖縄での店舗展開にも、岩澤氏ならではの鋭い戦略があった。2年前に出店し、いまや超人気店となった沖縄・泉崎の店舗には、岩澤氏の商売のセンスが隠されている。

 

一見すると天才的な経営者の直感のようにも見えるが、その裏側には、泥臭く緻密な「徹底的リサーチ」が存在していた。

 

実は岩澤氏にとって、今回の泉崎の出店は沖縄への「再挑戦」であった。かつて沖縄に出店した際は思うような結果が出ず、今回はその悔しさを挽回したいという強い想いが原動力になっていたのだ。だからこそ、今回は絶対に失敗できない。岩澤氏は何度も何度も沖縄へ足を運び、現地を視察して回り、現地の経営者に聞いて勝てる確率を極限まで高めていった。

 

多くの人が新しい市場に出店する際、不安から「周りに合わせて安くしよう」と安易な値下げに走ってしまいがちだ。しかし岩澤氏が違ったのは、エリア全体の表面的なトレンドに惑わされず、出店に向けて次の4つの要素を徹底的にリサーチし、「勝てる方程式」を導き出した点にある。

 

出店に向けて徹底検証した「4つの成功要素」

要素1. 【客層(立地選定)】表面的なブームではなく、その土地の潜在顧客の需要を見抜く

まず岩澤氏がリサーチしたのは、出店エリアに「どんな人が歩いているのか」というリアルな客層だ。現在の沖縄は、若い世代の間で「せんべろ」文化が大流行している。若い子がTikTokで動画を見て、それを目当てにやってくるような時代だ。 しかし岩澤氏が現地を観察し続けた結果、観光客は那覇の中心地などに流れる一方、ここ泉崎には地元の人が多く歩いていることが分かった。周りが安売りの「せんべろ」ばかりだからこそ、地元には落ち着いて食事ができる「品のいい大人たち」が行く店がほとんどない。岩澤氏はあえてそこを狙い撃ちにする立地戦略をとった。

要素2. 【物件・業態】現地の飲食仲間のリアルな声を吸い上げる

次に、その土地にハメ込む「物件」と「業態」の検証だ。リサーチは街の観察だけに留まらず、現地の飲食経営者の仲間たちに何度も何度も相談を重ねた。「この物件(泉崎の2階)はどう思うか」「沖縄で博多串焼きは刺さるだろうか」と、リアルな現場の声を徹底的に吸い上げたのだ。一見すると不利にも思える「2階の物件」であっても、事前の多角的なリサーチを掛け合わせることで、確実に勝てるという根拠へ変えていった。

要素3. 【客単価】あえて東京と同じ価格を貫いた「逆張り」の決断

狙うべき客層(地元の品のいい大人)と、勝てる物件・業態が定まったことで、強気の価格戦略が決まる。

「沖縄は低価格帯のお店が多い地域なので、価格設定をどうするかはかなり悩みました。でも、あえて東京の店舗とまったく同じ価格帯で勝負することにしたんです。そうしたら、ありがたいことに現地で話題にしてもらえて、あっという間に人気店になってくれました 」

普通なら地域の流行に価格を合わせがちだが、あえて東京と同じに据え置くことで、洗練されたクオリティを維持し、品のいい人たちに確実に刺さる「唯一無二の空気感」を作り上げた。

要素4. 【ブランド】地方でも、強みをそのままのクオリティで持ち込む

そして、この強気の東京価格を根底から後ろ盾したのが、これまで培ってきた自社ブランドに対する絶対的なこだわりだ。ベイシックスの串焼き業態の象徴である特注の高価なガラスケースや、スタッフの魅力がダイレクトに伝わるカウンターキッチン。これまでの店舗で成功を収めてきたハイクオリティな仕様を、沖縄にもそのまま持ち込んだ。この確立されたブランドの価値があるからこそ、「この価値なら、地方であっても絶対に売れる」という確固たる自信を持つことができたのだ。

ベイシックスの串焼き業態の象徴である特注のガラスケース

周囲の流行に流されず、客目線で「本当に価値のある空気感」を信じ切る。出店や新規事業で確実に成功を収めるために必要なのは、一瞬のひらめきではない。徹底的なリサーチで、客層・物件・単価・ブランドのすべてにおいて「勝てる方程式」を事前に見つけ出すこと。これこそが、岩澤氏の常識を覆す商売のセンスの正体なのだ。

創業33年目でも過去の成功体験に囚われない──都心の居抜き物件で仕掛ける新たな挑戦  

こうした徹底的なリサーチによって「勝てる方程式」を導き出した沖縄での成功。しかし岩澤氏の視線は、すでに「次なる未知の挑戦」へと向いていた。創業33年目という長い歴史を持ちながらも、過去の成功体験に決して安住しないその姿勢は、同社の今現在の最新動向である新宿店への出店にも息づいている。


今年2月にオープンし、4月1日から直営として運営している新宿店は、同社にとっていくつもの「初めて」が重なった店舗だった。これまで全店スケルトンから店を作ってきた同社にとって、初の「居抜き物件」での挑戦だったのだ。

 

「もともとその店は居抜き物件で、500万で買ったんですよ。」 という新宿店。買い取った当初は、居抜き特有の前のお店のダークな雰囲気が漂っていた。しかし、ここからの投資とテコ入れが鮮やかだった。

 

「内装に1,000万くらいかけてテコ入れしたら、これがもう本当にいい店に仕上がって。正直、自分でも驚きました。現場を仕切ってくれた柳沢社長の手腕はさすがだなと。前の居抜きっぽさは完全に消えて、スタイリッシュな空間に生まれ変わったんです 」

 

さらに、新宿というエリア自体も同社にとっては初めての立地だった。渋谷などの少し離れたエリアでしかやってこなかった岩澤氏にとって、新宿のど真ん中が持つパワーは新しい学びになったという。

 

特にこのエリアは人通りが途切れることがなく、集客に困る場面がほとんどない。だからこそ利益が出ないリスクも小さい——岩澤氏はそこに新宿という立地の強さを見ている。33年という長いキャリアがあっても過去の成功体験に囚われず、初の居抜き物件、初の新宿エリアといった「初めてのこと」に果敢に挑戦し、そこから貪欲に学びを得ていく姿勢。この絶え間ない挑戦の姿勢こそが、長く愛され続ける会社であり続ける理由だ。

 

今は昔と違って居抜き出店が主流だが、新宿のようなエリアでも内装のテコ入れを徹底すれば、費用を抑えつつ十分にかっこいい店舗を作ることができるようだ。また、繁華街は家賃や坪単価が高いものの、圧倒的な客数があるため「人が来なくて赤字になる」というリスクが低く、収益面において十分に成立する立地だと言える。

 

初の居抜き物件、そして初の新宿エリア。33年という歴史を持ちながらも、時代の変化に合わせて新たな挑戦を楽しみ、現場のテコ入れを柳沢新社長へ見事に託した姿は、ベイシックスが次の時代へ向けて今なお進化し続けている証と言える。繁華街のリスクを見極めた合理的な戦略と、過去に縛られない飽くなき挑戦心こそが、長く愛され続ける会社であり続けるための最後のピースである。

ジョウモン 新宿店でディスプレイされる圧巻の串焼き

受け継がれていく、ベイシックスの信念 

今回のインタビューを通じて岩澤氏が語ってくれたのは、ブランドの構築や即応力から導き出す「経営ノウハウ」と、国内外でどこまでも現場を支え続ける「人を大切にする信念」である。 この商売の本質と人への愛が両立してこそ、時代が変わっても強い店が生まれる。岩澤氏から柳沢新社長へと受け継がれたこの唯一無二のバランスがある限り、ベイシックスはこれからも関わるすべての人を魅了し、熱狂的な進化を続けていくに違いない。

創業より
愛され続けるベイシックス