コロナ禍に客数を増やした企画力と顧客との信頼感

新型コロナ禍が今年の3月に顕在化して以来、はや8カ月がたとうとしている。この間、飲食業の多くは店内営業を休業し、テイクアウト・デリバリー、そしてECを手掛けるなど、新しい売り方に取り組んだ事例が数多く見られた。『e店舗media』でもこれらに関連する事例を紹介してきたが、積極的に取り組んだところはみな、店内営業以外のノウハウを身に付けたという手応えを得ている。

飲食業界はこれからの時代に向けて、新型コロナ禍で取り組まれてきた数々の事例を整理し総括する時期に入っているのではないだろうか。

 

今回紹介するのも新型コロナ禍で取り組んだ事例だが、新しい売り方ではなくプロモーション、つまり、お客に自店への関心を高め、来店を促進するメッセージを巧みに行っている。これによって新規客を獲得して、新型コロナ禍でありながら過去最高の売上を記録した。

 

立地特性を生かした斬新なプロモーション

今、飲食業界の中で「バヤシさん」という愛称で呼ばれる人物がいる。これは(株)Big Belly(本社/東京都豊島区)の代表、大林芳彰氏のことで、秀逸なアイデアマンとして知られている。

 

大林氏は1973 年4月生まれ。(株)グローバルダイニングに在籍して、特にアジアンエスニックに卓越した技術を持つ料理長として活躍した。

2011年3月に同社を退社、6月に西池袋にオリエンタルビストロ&ワイン「AGALICO(アガリコ)」をオープン。アジアンエスニックとワインを手軽に楽しむことができて、朝5時まで営業しているという利便性が注目され、池袋の駅から徒歩15分程度離れた場所にあるにもかかわらず、同店はたちまち繁盛店として知られるようになった。

以来、同社は池袋に7店舗(アガリコ、串カツ田中3店舗、香川一福、アガリコ餃子楼、いづも)を構え、計25店舗(うち韓国・ソウルに4店舗)の陣容に育った。

 

同社では、一部の店舗で「567(コロナ)円、1時間飲み放題」と東京都のコロナ感染者の数で生ビール1杯の価格が変わるというプロモーションを行った。「短期間に話題が広がる状態」のことを「バズる」というが、これらのアイデアは、まさにそのような出来事をもたらした。

 

まず、「567円、1時間飲み放題」は「いづも池袋」で3月10日から行ったプロモーションだ。

同店がオープンしたのは2019年10月のこと。東武百貨店を目の前にする駅前の好立地で、昭和の雰囲気が漂う裏通りにあり、物件は2年間休業していた。同店の目の前には地元の中高年から長年愛されている居酒屋があり、代表の大林芳彰氏としてはこの居酒屋と同じような顧客に愛される店をつくりたいと考えた。そして池袋にはうなぎの専門店が少ないことからうなぎ専門店の居酒屋をオープンした。

 

同店は老舗の風格があり顧客の主流は中高年であるが、前述した立地特性からお客の目に止まりやすい。店構えが醸し出す信頼感が手伝って斬新なキャンペーンは新規客を獲得する大きなきっかけとなる。「567円、1時間飲み放題」は、このような条件を十分に満たしている。

池袋の東武百貨店の目前に立地。昭和の雰囲気が漂う路地裏にあり、老舗の風格が漂う

 

「不謹慎な企画」を心配したが、ほとんどが好意的な反応

同店がこのキャンペーンを行ってから、Twitter(以下、ツイッター)で画像がにわかに紹介されるようになり、テレビ局が続々と取材にやってきた。同店は1階と2階、それぞれ17坪だが、1日60人以上が来店し、日商20万円程度で推移した。3月は同店がオープンして以来、最高売上を記録した。

 

これを発案した大林氏自身からして、「この企画は不謹慎と捉えられるかもしれない」と心配したそうだが、ツイッターでバズった3月11日からの3日間4万リツイートを追跡したところ9割がたがポジティブな発言をしていたという。この飲み放題は6月まで継続した。

 

その後客足が鈍る傾向が見られたことから、新しい企画を思案していたところ200~300くらいの数で推移している東京都のコロナ感染者数に着眼した。そこで、この数を「本日のビールの価格」にすることをひらめいた。そこで「アガリコ餃子楼 新宿ハルチカ」「うどん酒場 香川一福 池袋」の2店で先行的に取り入れることを9月4日『PR TIMES』に掲載して注目を集めた。

 

ここに掲載されたメッセージはこのようになっている(一部省略)。

「新規感染者数が下がる=ビールの値段が下がる、そんな企画を通し、深い意味のあるビールを飲みながら、どうすれば感染者数が減らせるか考えてみましょう。そして、感染者数が0になった場合、もちろん0円! みなさんでお祝いしましょう!」

これが公開されるとすぐにテレビ局やWebメディアが取材にやってきて情報が広がり、「いづも池袋」の客数は前月の1.5倍で推移するようになった。

オープンキッチンで専門店ならではの調理風景をショーアップしている

 

新規客を呼び込み満足度を高める企画

同店で取り組んだ売上対策のアイデアはこれにとどまらない。カウンター席に座る一人客を対象にして「ホッピーちょい飲みセット」1500円と「晩酌うなぎセット2杯飲め〼」1600円を打ち出した。一般的ないわゆる晩酌セットと比べると若干高い設定だが、こちらのセットのつまみは素晴らしく充実している。

 

前者は、ホッピーセットに加えて「生にら玉、牛タンポテサラ、うな肝ポン酢、うなぎ骨せんべい、うな串短冊、うな串肝」が、後者は、ドリンクは生ビール・ハイボール・日本酒(グラス)・レモンサワー・ウーロンハイの中から2杯飲めて、料理は「うなぎ骨せんべい、うな肝山椒煮、うな串短冊、うな串くりから、うなぎのタレ焼おにぎり」となっている。

 

ちなみに、同店のお通しは250円で小皿に盛り付けられた「枝豆と高菜の和え物」である。セットになっているメニューは同店の定番であり、お客が注文すると一定の客単価が期待できる。特にホッピーは、中身(焼酎)の追加注文が発生することから、このセットを注文するお客の客単価は2500円程度が期待できる。初来店客には店の特徴をアピールすることができて、お客にとっても満足度が高い。

カウンターの一人客に向けたセットメニューは、フードメニューの豊富さに驚く

この企画が生まれた背景について大林氏はこう語る。

「以前は感染症対策のため、カウンター席に仕切りを設けていたが、この評判がよくなかった。それを止めて一人客を呼び込める企画がないものかと考えていてこれができた。今は玄関を常に開放し外から店内がよく見えるようになったから、一人客が入店しやすくなった」

同店の客単価は通常3000円だが、これらのプロモーションによって2500円になったという。しかしながら、前述の通りに客数が増えた。緊急事態の中にあって客数を伸ばすことができたということは秀逸である。

 

同店がこのような売り方をするようになってから、昼飲みのお客が増えてきた。土日は10時オープンにしていて、夜勤明けのお客に利用されるようになった。加えて、目の前に構える居酒屋は昼飲みで知られており、同店との相乗効果が高まっている。

 

「あの店は裏切らない」という信頼感が浸透

同社創業店である「アガリコ」は朝5時まで営業の利便性が顧客満足を高めたことを前述したが、これをはじめとして同社では「他の店が休んでいる状況にあって、一人でも来店してくれる限りは営業する」ことをモットーとしている。台風が上陸している状態でも営業して、お客に重宝されている。そして、この度の自粛ムードの中でも営業を継続して、独自のプロモーションによって新しい利用形態と客層を生み出した。

 

同社のモットーは、大林氏の「誰も店の売上を保証してくれない」という考え方に裏付けられている。このような信念で営業している姿勢に対して、「アガリコは裏切らない」という意識が顧客に潜在しているのだろう。

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