2026/02/03
31歳、飲食業経営者がコロナ禍を乗り越えてつかんだ「事業拡大の道筋」
「あなたは、コロナのときにどんなことをしていましたか?」
今回の飲食業経営者であるアイキャッチの人物、松永龍太さんに取材をしたあと、ふと、このような言葉を思いついた。コロナになる前までの松永さんは、「独立志望」の夢が着実に進展し、大きく開花しようとしていた。しかし、コロナ禍によって、仕切り直しが迫られた。
そしてコロナがあけて、再び事業拡大の緒につくことが出来た。しかも、業態のそれぞれが刺激し合う多業態を擁することになった。ここで、その大転換のストーリーを紹介しよう。
独立して2年が経ち、順調路線にコロナが直撃
松永さんは、1994年6月生まれの31歳。横浜・青葉台の出身。学生時代に、友人から「オレのバイト先が、めっちゃ楽しいよ」と紹介され、その飲食企業subLime(サブライム)のお店でアルバイトをするようになった。同社では大学を卒業するまでの3年半働いた。
大学卒業後、就職したのはIT企業の広告代理店。しかし、上司と反りが合わなく半年で退社。新たに就職したのは自動車のディーラー。ここも前職と同じことを経験し半年で退社した。
「自分は、サブライムの社風が向いている」と感じて、ふたたびサブライムで働くことを思い立った。
そのころ、学生時代にアルバイトをしていたお店の店長が独立したと聞き、その人に合うことになった。その元店長はポルシェに乗って現れた。その様子を見て松永さんは、心の中で「カッケー!」と叫んだ。
サブライムには、業務委託の社員独立制度に基づいて入社した。23歳の当時である。同社に社員として1年間勤務して、独立。株式会社M-STYLEを立ち上げた。松永さんは24歳。そして、サブライムの店舗を業務委託で運営するようになった。最初の店舗は川崎の鹿島田、次に東京・雑色と、1年間で3店舗にした。
そして、横浜・鶴見に1フロア30坪、2階から4階まで3フロアという大箱の店を運営することになり、走り出してすぐコロナになった。
松永さんは、起業して2年が経ち、「事業を大きくしたい」という野望が膨らんでいた当時。社員も抱えるようになり、「これから一緒に頑張っていきたい」と。そこで、助成金を活用し、社員にはこれまで通りに給料を支払い、自分の稼ぎは深夜にアルバイトをしてまかなったという。
「譲り受ける立場」から「譲り渡す立場」に挑戦
松永さんは、当時の自分が置かれている状況を本部に相談。そこで神奈川・橋本にある「きちんと」という沖縄料理のお店を紹介してもらった。同店は30坪、コロナ禍にあっても月商300万円を売っていた。そこで、営業できない店の社員を同店に送り込んだ。
すると、同店はヒットを飛ばす。月商300万円は500万円、700万円となり、いまでは常時1000万円を売る店舗に成長した。
同店がヒットを飛ばしたのは、松永さんの前職であるIT企業の代理店で習熟したネット媒体の活用方法が役立った。このとき、松永さんは20代後半。同世代が「行きたくなる居酒屋」のシーンが手に取るように浮かんでいた。
同店の繁盛で手にした資金を元手に、新しい事業を立ち上げた。それが株式会社豚ギャングで20023年に設立した。同社は「二郎系インスパイア」のラーメン店「豚ギャング」を展開していく。松永さんの事業は業務委託、つまり「譲り受ける立場」から始まったが、「譲り渡す立場」の可能性を切り拓こうと考えた。

コロナ禍にあって繁盛店をつくった資金で2023年に「二郎系インスパイア」のラーメンチェーンを立ち上げた
1号店は、福岡・天神に出店。2号店が東京・町田と直営店を展開し、その後、業務委託で、福岡・西神、神奈川・大和、神奈川・中央林間と展開、さらにフランチャイズで八王子にオープンし、現在は6店舗となっている。
「豚ギャング」のフォーマットも定まっていった。店舗規模は10坪以上、駅の乗降客数5万人程度、路面店で人通りが多い場所、さらに近くに大学があることが望ましいとしている。
「二郎系インスパイア」のお店には根強いファンが多い。どのお店にも行列が出来る。デリバリーにも強いことから、店外での売上にも大いに期待できる。「豚ギャング」の中でも売上上位にある月商450万円の店では、デリバリーが45%を占めているという。少ない人員で運営していることから、どのお店も利益率が20%を超えている。

「豚ギャング」は現在6店舗。収益性の高い業態で、これから一直線に展開する意向
沖縄料理、鶏料理居酒屋、イタリアンバルと柱が育つ
コロナが落ち着いてきて、M-STYLEでも新しい動きを見せている。
まず、コロナ禍の中で、社員一人体制や、生産性が低い店舗を閉鎖した。次に、同社が橋本で繁盛店を運営していることから、橋本駅の駅ビル路面35坪の物件を紹介された。同社では新しく鶏肉料理の「鶏ギャング」というブランドを立ち上げて、今年の7月にオープン(35坪、客単価3000円)。オープン2カ月目で月商700万円を売るようになり、いま年末年始に向けて1000万円を売る体制を準備している。

JR橋本駅ビルの路面の物件を紹介されて、2025年7月オリジナルブランドの「鶏ギャング」をオープン
さらに9月、前職の上司から東京・三軒茶屋のイタリアンバル「binwan 2nd」(20坪、客単価ランチ1500円、ディナー3800円~4000円)を譲り受けた。調理や接客に長けた社員3人が加わり、M-STYLEの中に新たな社風が吹き込まれた。この10月には800万円を売り上げた。

前職の上司から東京・三軒茶屋のイタリアンバル「binwan 2nd」を、人材も含めて譲り受けた
現状、M-STYLEの店舗は、沖縄料理「きちんと」2店舗、鶏肉料理「鶏ギャング」1店舗、イタリアンバル「binwan 2nd」1店舗、そしてフランチャイズで焼肉店「肉力屋」を2店舗営業している。前述したように、スクラップ&ビルドを展開したことによって、最大10店舗あった陣容を6店舗として、10店舗当時よりも高い売上を維持している。
組織づくりでも独自の方向性を固めている。それは働く人のライフタイルを尊重して、月の休日8日から10日と、6日から7日の2つの働き方を設けている。前者は「私生活を大切にする」といったパターン、後者は「もっと稼ぎたい」というパターンである。これらの仕組みによって、これまでにましてシフトが組みやすくなり、働きやすい環境が整ってきているという。
諦めない姿勢を続ける中でチャンスが訪れる
これからの事業展開について。まず「豚ギャング」は、業務委託や加盟店による拡大を志向。M-STYLEでは、「きちんと」「鶏ギャング」「binwan 2nd」と、繁盛業態の柱が3本整ってきて、会社として多様な立地で展開できる体制が見えてきた。
2つの会社の企業理念はこうなっている。
豚ギャングは、「ラーメンに関わるすべての人たちの誇りになる」。
M-STYLEは、「ありがとうと笑顔があふれる会社をつくる」。
そして松永さんは、「飲食で稼ぐことが出来るということを、社会に誇示したい」と語る。
二社で店舗の合計は12店舗。これらで年商は5億円となっている。
「あなたは、コロナのときにどんなことをしていましたか?」
松永さんは、コロナの4年の間、上記のことを行ってきた。それは、すべからくコロナにくじけない姿勢。従業員を大切にする職場づくり。多様な事業の開拓、ということである。そこに、「松永さんに相談してみよう」と、チャンスが訪れていった。
取材中、松永さんの悠然として姿勢に、「これから、大きくなっていくのでは」と、有望性を感じた。