「理念経営」を体現する34歳新社長のビジョン
株式会社物語コーポレーションでは、2020年9月24日付けで加藤央之(ひさゆき)氏が代表取締役社長に就任した。加藤氏は1986年生まれで同社のプロパー。34歳という若さでの代表就任は、異例の抜擢という印象を受ける。しかしながら、加藤氏は早期より営業、開発部門の重責を担ってきた。これまで社内における加藤氏の日ごろの存在感は、加藤氏の代表就任が内定した時に、社内では当然のことと納得されていたようだ。
物語コーポレーションの理念は「Smile & Sexy」である。1990年代後半に当時同社代表の小林佳雄氏がつくり上げたものだ。この文言は平易ではあるものの「Sexy」とは会社を象徴するものとしては斬新過ぎるとは言えないか。当時このような筆者の問いに対して小林氏は、「人々はいくつになっても光り輝く存在であることを忘れてはいけない。そのような意味を込めてつけた」と語ってくれた。この「Smile & Sexy」は、現在は「なりたい自分になろう!」というイメージの象徴として同社の全員に浸透している。
同社の創業は、現在取締役特別顧問の小林佳雄氏の母・小林きみゑ氏が1949年12月愛知県豊橋市広小路に開業したおでん屋「酒房源氏」である。1969年9月に株式会社げんじを設立。小林特別顧問は同社に入社し1980年4月に同社代表に就任した。1997年6月に物語コーポレーションに社名を変更。そして、冒頭の理念をつくった。新規事業として焼肉店を展開、FC事業を開始、そして多業態によるFCチェーン展開という今日の企業の姿を構築していった。事業内容は「焼肉部門」「ラーメン部門」「お好み焼部門」「専門店部門」で、2020年6月期は、国内総店舗数529(直営+FC)、売上高579億6000万円となった。
目次
歴代社長に通じる人間性
筆者は12月1日に加藤氏にインタビューをする機会を得た。加藤氏は180㎝近くの偉丈夫で、輝いている表情が印象深かった。筆者はありきたりな質問だと思いながらも、34歳という若さで代表に就任したことについて、加藤氏に自身の印象を尋ねたところこう答えた。「私は当社の理念を、当社の誰よりも体現している」――実に威風堂々としていた。
「社長就任の打診を受けたのは2020年の5月です。それまで私は営業と開発に関して、プロフェッショナルを意識して取り組んできました。私の若さが注目されがちですが、店長からいきなり社長になったわけではなく、これまで常にボードメンバーに物おじせず発言していましたし、そのような自負があったことから、社長を引き受けることを即答しました」
加藤氏は主として開発畑を歩んできたことから、「仕事の肝は開発」ということを信条としている。代表となっても日々の多くは各業態をブラッシュアップすることの議論に費やしている。業態の完成度が高いと思っていても、改善することが毎日たくさん存在するという。これを例えてこのようなことを言う。「3年前に開発したラーメンがとてもおいしいと思っていても、いつの間にか周りのレベルが上がっている」と。飲食業界はみなすべからく切磋琢磨している。
筆者は同社の歴代の社長と交流があった。創業家の小林佳雄氏、グリーンハウス出身の加治幸夫氏である。また、この二人の時代には専務取締役の高山和永氏が存在した。彼らと話していると、「闘う姿勢」が強烈に伝わってきた。そして、そのたびにポジティブに生きることの大切さを感じ取った。加藤氏に会ってすぐさま、かつてと全く同じ気分に浸った。
新型コロナ禍でも二桁増の強さ、とは何か
同社の事業部は前述したとおりで、各事業部のメインターゲットは「ファミリー」である。現在、世の中は新型コロナ禍「第3波」の渦中にあるが、同社直営店の11月期の対前年同月比既存店売上高は114.0%となっている。直営137店舗の焼肉部門は123.3%である。なぜ、これほど強いのか。
加藤氏は「外食マーケットはシュリンクしている」ということを真摯に受け止めながら、その中で同社が勝ち続けていくために「地域一番店」を推進していると語る。同社が事業を継続してきた過程で戦略的に選択されてきたことだ。加藤氏はこう語る。
「月に3回外食をしていた人が、月2回になっているとしたら、減らしている部分の筆頭は会社の仲間と飲みに行くことでしょうか。こんなことで最後に残るのは、日曜日に家族で外食をすることです」
「外食がシュリンクしていくと、飲食店は業種の戦いになっていきます。『何を食べに行こうか』とお客様が考えたときに、マーケットの大きい強い業種に気が向きます。それが『焼肉』や『すし』ということになるでしょう」
「では、郊外で焼肉屋をやっていると勝てるのか、というとそうではありません。その中で、さらに選ばれる回数が少なくなるわけですから、選ばれるためには『地域一番店』になる必要があるということです」
「地域一番店」となるためのポイントは、まず地域の「一番立地」にあること。「大胆な看板」によって店の存在が目立つこと。さらに「フォーマットの力」と「人の力」があり、それが融合していること。その店に行って「笑顔」になり「元気」になれること。ここで述べた「フォーマットの力」の事例として、同社の強いブランド「焼肉きんぐ」の「100分2980円食べ放題」を挙げてくれた。これは今日の焼肉食べ放題のモデルとなっている。
「焼肉きんぐ」はテーブルバイキングの業態で2007年に誕生した。それまでの焼肉食べ放題は、お客が生肉を陳列したコーナーに取りに行って、それを自前で焼いて食べるというスタイルだった。率直に述べて、お客はその生肉のクオリティに欲求不満を抱いていたようだ。そのような状況の中で生まれた「焼肉きんぐ」は、出店した近隣のお客から大いに歓迎された。
「理念経営」の本領をリードする存在
同社には、社員に向けた発信で「明言のすすめ」という文言がある。これは「Smile & Sexy」という理念が示す「なりたい自分になろう!」ということを体現するためのメッセージである。長文であるが、ここにまとめておこう。
「反応・発信・明言」は
「意思決定」の見える化です。
大きな声で皆に聞こえるように皆に分かりやすく
具体的に伝えることです。
「反応しない」「発信しない」「明言しない」は
「意思決定できない」
「行動できない」
「やる気がつくれない」
「整理できない」の見える化です。
「意志強固」だから
「明言」するのではありません。
「明言する」から
意思決定できる 行動できる
やる気が出る 整理できる
自分の意思ができるのです。
「明言」するから相手も「そう!」「違う!」と
反応してくれるのです。
「明言」するから相手も自分の意見に気がつくのです。
「明言」するから議論が生まれるのです。
間違っていれば「ごめん、すまん」と
素直に詫びればいいだけです。
なんとも、清々しい気分にさせる文言である。
この文言は額装されて会議室に掲示されている。同社では会議を行う際に、この「明言のすすめ」を唱和してから始めるのだという。「Smile & Sexy」つまり「なりたい自分になる!」という理念を全うするための社風そのものである。
このように物語コーポレーションは「理念経営」で一貫している。これが目指すものは「全員が生き生きと働き、成長期にも危機にも強い会社」である。企業理念とは「会社が最も大切にする基本的な価値観」である。そして、従業員それぞれの目的と価値観を認め共有して、「もっとやろう」と切磋琢磨する社風である。
これらを背景にして、これまで同社を培ってきた人々は、「当社の理念を誰よりも体現している」と自他ともに認める34歳の加藤氏に次世代の同社の在り方を託したのであろう。そして加藤氏は「なりたい自分になる!」ことによって培うことができる「人財力」「開発力」を同社の中に活性化させていくことであろう。
筆者がこれまで交流を重ねた物語コーポレーションの経営者たちは、今日会社の中には存在しないが、加藤氏と初めてインタビューをする機会を得て、同社らしさはさらに精度が増していると感じた。それが「理念経営」の本領というものだろう。
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