飲食店の「休憩ルール」誤解してない?形だけ休憩が違法になる条件と正しい管理法

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飲食店の現場では、「休憩を取っていることになっているけれど、実際は働いていた」という声が後を絶ちません。
一見「働き方の工夫」に見えるその実態は、労働基準法違反につながる深刻な“隠れ労働”問題です。

この記事では、実際の事件例と法律の観点から、「形だけの休憩」がなぜ違法になり得るのかをわかりやすく解説します。


飲食店で増える「隠れ労働」って何?

近年、飲食業界で問題視されているのが「隠れ労働(サービス労働)」です。
これは、表面上は「休憩」や「勤務外」とされながら、実際には労働が行われている状態を指します。
たとえば、休憩時間中にお客様対応をしたり、仕込みや片付けを任されたりするケースです。
こうした「名ばかり休憩」は、労働基準法に違反する可能性が高く、
放置すると未払い賃金や労働基準監督署からの是正勧告につながるおそれもあります。

パニックになる男性

 

そもそも「休憩時間」とはどんなもの?

労働基準法第34条では、労働時間が6時間を超える場合には少なくとも45分、8時間を超える場合には1時間の休憩を与えるよう義務づけています。
そして「休憩時間は労働時間の途中に与えなければならず、使用者は労働者を自由に休ませなければならない」(同条第3項)と定められています。

つまり、休憩時間とは「完全に労働から解放された時間」でなければならないということです。電話番をしながら昼食を取る、店内でお客様の呼び出しに備えるといった状況では、
たとえ形式上は休憩でも、実際には“労働”にあたる可能性が高くなります。

また、店内にとどまるよう命じられている場合や、「呼ばれたらすぐ戻ってきて」と指示されているケースも注意が必要です。労働者が自由に行動できない以上、それは“真の休憩”とはいえません。
近年では、勤務記録上は休憩時間となっていても、実際には業務を行っていたことが後から証拠として示され、
未払い賃金が請求されるケースも増えています。

 


飲食店で増える「勤務記録上は休憩」でも実際は働いている?

近年、勤務記録上は“休憩”なのに、実際には働いていたというケースが相次いでいます。
人手不足の飲食業界では、休憩時間中もお客様対応や仕込み作業を行う例が多く、
「休憩の名を借りた労働」が常態化しているのが実情です。

労働基準監督署に訴える従業員も増えており、“形だけの休憩”が新たな労働問題として注目されています。


実例で見る「形だけの休憩」―労基署が動いた飲食店事件

「うちはみんな頑張ってるから」「飲食業では当たり前」――。

そうした“慣習”が、知らぬ間に法律違反を生むケースがあります。近年、労働基準監督署(労基署)が「形だけの休憩」や「過重労働」に厳しく対応する事例が相次いでいます。
ここでは、実際に送検や労災認定に至った飲食店の事件を見てみましょう。

 

「飲食業界では仕方がない」では済まされない

2017年4月20日、天満労働基準監督署(大阪市)は、某飲食店運営会社と専務取締役を労働基準法違反容疑で書類送検しました。送検容疑は、労使協定を結ばずに従業員4人に最長週42時間の残業をさせたというものです。
同社は「飲食業界での長時間労働は仕方がない」と述べ、
中には月200時間を超える残業をしていた従業員もいたといいます。

この事件は、「忙しさを理由にした長時間労働」は決して容認されないという教訓を残しました。
経営者が“慣例”として違法労働を黙認すれば、刑事責任や企業名公表につながる可能性もあります。

 


「6時間45分の休憩記録」の真相

2020年、東京都墨田区の向島労基署は、大手うどんチェーン店の元店長(当時22歳)をうつ病の労災認定としました。

勤務記録によると、男性の1日の休憩時間は最長6時間45分
しかし、実際はほぼ休めず働き続けていたと本人は訴えています。上司に指示され、残業を少なく見せるため「休憩」と記録したというのです。

労基署は業務の過酷さを認め、うつ病を労災と認定しましたが、「休憩ではなかった」とする主張は証拠不十分とされました。
このケースは、労働時間の立証の難しさと、記録上の“形だけ休憩”の危険性を示しています。


飲食店ではなぜ「休憩」が形だけになってしまうのか?

「ちゃんと休憩を取らせているつもり」でも、実際には労働時間と変わらない状態が多く見られます。
特に飲食店では、営業中の忙しさや人手不足、現場の“空気”が重なり、従業員が自由に休める環境がつくりにくいのが現実です。
では、なぜこのような「形だけの休憩」が起きてしまうのでしょうか。

虫眼鏡を覗く男性

 

人手不足が“休めない構造”を生む

中小の飲食店では、限られた人数でシフトを回しているため、「誰かが常に厨房やホールにいなければ店が回らない」という状況になりやすいです。
とくにピークタイムを挟む昼休憩や夕方の仕込み時間は、スタッフが同時に休むことが難しく、結果として「交代制の休憩」が形だけになる傾向があります。

さらに、店長やベテラン従業員が「自分が抜けるとまわらない」と感じ、休憩時間にも電話応対、在庫確認、発注、清掃などをこなしてしまうことも少なくありません。
しかし、これらの作業をしている限り、法律上は休憩とは認められません。


労働基準法第34条が求めるのは「労働から完全に解放された時間」であり、“なんとなく手が空いている時間”ではないのです。

 

記録上の「休憩」が隠れ残業の温床に

近年は勤怠管理システムの導入が進み、「システム上では休憩が取られている」ように見える職場も増えています。
しかし、実際にはその時間も仕込みや片付けをしていたり、上司の指示で“休憩扱い”にされているケースもあります。

従業員が「言いづらい」「評価に響くかも」と感じて訂正できず、形式上の記録だけが残ってしまう――これが「隠れ残業」の典型例です。
こうした状況が長期間続くと、後に未払い残業代の請求や、過労による労災申請へ発展するおそれがあります。

また、休憩時間を過剰に記録して労働時間を短く見せることは、企業側にとっても重大なリスクです。
労基署の調査で実態と記録の乖離が発覚すれば、是正勧告や書類送検につながる場合もあります。
つまり「記録上は休憩している」では済まされず、現場で本当に休めているかどうかが問われるのです。


「休憩」と「労働時間」はどう違う?法律が定める境界線とは

「どこまでが労働時間で、どこからが休憩なのか?」
この線引きは、飲食店など現場の多い職種では特に曖昧になりやすい部分です。
しかし、法律上はその判断基準が明確に定められています。
労働基準法と厚生労働省の通達に基づけば、“見た目の休憩”ではなく、“実際に労働から解放されているかどうか”が最も重要なポイントです。
ここでは、法律上の考え方と、違反が発覚した場合のリスクを整理してみましょう。

 

労働基準法と厚労省通達のポイント

労働基準法第34条では、
「休憩時間中は労働から完全に解放されること」が求められています。
この考え方を具体的に示したのが、厚生労働省の通達「基発第150号」です。

通達では、

「使用者の指揮命令下にある時間は、労働時間に含まれる」
と明記されています。

つまり、形式上は「休憩」とされていても、上司から「電話が鳴ったら出て」「お客様が来たら対応して」と指示されている場合、従業員は完全に自由な状態ではありません。
このような時間は、法的には「休憩」ではなく「労働時間」と判断されます。

また、たとえ現場の慣習であっても、
「昼休みに仕込みをするのが当たり前」「お客様が少ない時間は休憩扱い」といった運用は、法律上は休憩とは認められません。
実際に労働から解放され、私的に過ごせる時間でなければ、休憩時間とは言えないのです。

 

休憩が守られないとどうなる?

もし「形だけの休憩」で働かせていた場合、それは労働基準法第34条違反となります。
違反が悪質または継続的と判断されれば、
労働基準法第119条に基づき、
「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」に処せられる可能性があります。

さらに、「休憩中も働いていた」と認定されれば、その時間は労働時間としてカウントされ、未払い残業代の支払い義務が発生します。
労働基準法第115条により、請求の対象は過去3年分に遡ることができるため、1人あたり数十万円~数百万円規模の支払いに発展するケースもあります。

加えて、労基署の調査結果が公表されれば、企業の社会的信用を損なうリスクもあります。
「休憩を取らせているつもりだった」では済まされず、“実際に休める環境を整えていたか”が問われるのです。


飲食店経営者が取るべき実務対応

「忙しいから」「うちは小規模だから」といった理由で休憩を後回しにしていると、気づかないうちに労基法違反になっている可能性があります。
とくに飲食店では、現場の感覚と法の定義のズレが起きやすいため、
「ルールの明文化」「実態の把握」「休める環境づくり」の3点を徹底することが重要です。
ここでは、経営者が今すぐ見直すべき具体的なポイントを整理します。

閃いた女性

 

 休憩ルールを就業規則に明記していますか?

労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、
「労働時間・休憩・休日」などを就業規則に定める義務を課しています。
しかし、実際には「シフトの流れで休ませている」「特に決まっていない」という店舗も少なくありません。

休憩時間の取り方をあいまいにしておくと、現場ごとに運用がばらつき、トラブルの原因になります。
たとえば「昼営業と夜営業の間に1時間休憩を取る」「交代制で15分ずつ分けて休む」など、具体的な取り方・タイミング・管理方法を就業規則やシフト表に明記することが大切です。

また、店長やリーダー層には「休憩を取らせる義務」があることを教育し、部下が自発的に休める雰囲気づくりも意識しましょう。
ルールは“紙の上”だけでなく、“現場の文化”として根づかせることがポイントです。

 

 実態と合う勤怠管理ができていますか?

タイムカードや勤怠システム上では「休憩1時間」と記録されていても、実際には厨房で仕込みをしていたり、電話対応をしているケースが多く見られます。
このような「記録と実態のズレ」は、未払い残業や労災認定につながるリスクが高いです。

まずは、記録と現場の実態が一致しているかを定期的に確認しましょう。
具体的には――

  • 店長が休憩中のスタッフの様子を確認する

  • 勤怠システムのデータと監視カメラ・売上データを突合する

  • スタッフへの匿名アンケートで「本当に休めているか」を調査する

などの方法が有効です。

もし「休憩を削って働いている」実態があれば、それは経営側の責任として是正すべき問題です。
勤怠管理は“労働時間を短く見せるための記録”ではなく、実態を正しく把握するためのツールだという意識が重要です。

 

「忙しくて休めない」を当然にしていませんか?

「お昼のピークが終わらない」「夜の仕込みが重なって…」
――飲食店ではよくある光景ですが、
どんなに忙しくても休憩を与えないことは違法です(労働基準法第34条)。

繁忙期であっても、交代制を導入したり、ピーク後にまとめて休む時間を確保する工夫が求められます。
たとえば、

  • ホールと厨房で交互に休憩を取る「分割休憩」制度を取り入れる

  • 時間帯別にアルバイトを増員して、既存スタッフの負担を減らす

  • 店長自身が率先して休憩を取り、「休んでもいい」雰囲気をつくる

といった対応が効果的です。

また、「休憩を取らない方が頑張っている」という評価基準は、従業員の健康を損ねるだけでなく、離職率の上昇にもつながります。
休憩を“コスト”ではなく、“投資”と考えることが、長期的に店舗を安定運営するための鍵になります。


まとめ:飲食店の「形だけの休憩」は“隠れ労働”の始まり

  • 経営者は、就業規則・勤怠管理・シフト設計を見直すことが重要です。
    「うちは大丈夫」と思っていても、記録と実態にズレがあれば、労働基準法違反のリスクがあります。

    まずは、日々の勤怠や休憩の運用を点検し、「形式的な休憩」になっていないかを確認しましょう。
    小さな見直しでも、後の大きなトラブル防止につながります。

    また、「しっかり休める職場」は従業員の定着率や生産性を高め、結果としてお店の信頼にもつながります。
    今こそ、“隠れ労働ゼロ”の飲食店づくりを進め、従業員もお客様も笑顔になれる店舗運営を目指しましょう。

 

豊幡佳乃
立命館大学 法学部 大学で法律を専門的に学び、法的知識を基盤に飲食業界向けの記事を執筆。食べることが大好きという自身の関心を活かし、飲食店経営者やスタッフの方々が直面しやすい法律問題や制度のポイントを、専門用語をかみ砕きながらわかりやすくお届けしていきたいと考えています。
豊幡佳乃
立命館大学 法学部 大学で法律を専門的に学び、法的知識を基盤に飲食業界向けの記事を執筆。食べることが大好きという自身の関心を活かし、飲食店経営者やスタッフの方々が直面しやすい法律問題や制度のポイントを、専門用語をかみ砕きながらわかりやすくお届けしていきたいと考えています。