伝統を守る「飲食店DX」の境界線。外務官僚出身:老舗4代目のAI戦略

多くの飲食店経営者が直面する「多店舗展開の限界」や「属人化」、老舗ならではの「事業承継」の壁。先代のやり方や伝統を壊す怖さから、DXへ一歩を踏み出せない後継者も多いのではないでしょうか。 

画像5(外交官時代政府専用機と車列)-2今回、創業75年を超える串カツの老舗「串の坊」の4代目・乾禄三郎さんにインタビュー。

乾さんは、外務官僚を経て家業に入ったというユニークな経歴の持ち主。昨年(2025年)夏に串の坊に戻り、外交官時代の経験も活かしながら、多言語対応、AIやデジタル対応の充実化、労務の現代化を進めています。

そんな乾さんから、串の坊が経験した拡大と成熟の歴史をはじめ、最先端AIを取り入れた経営、DXシステムを導入する項目の境界線、伝統を守り抜くためのDX戦略をお伺いしてきました。 

48店舗まで急拡大した時代も。「多店舗展開で失敗しない」ための最大の教訓 

串の坊が現在の24店舗という規模に落ち着き、安定した経営を行っている背景には、かつて48店舗まで急拡大し、ロサンゼルスや香港を始めとする海外進出まで行ったことで学んだ歴史と教訓があります。

「串の坊」拡大期──時代背景と強い想いがもたらした推進力  

1950年、大阪法善寺にて創業した串の坊。1960年に東京進出を果たすと、店舗を徐々に拡大。高度経済成長期の時代背景、串の坊の串カツを広めたいという強い想いに背中を押される形で、一気に店舗を広げていったそうです。また、当時は人口拡大期。人手にも余裕があったことも強い推進力の一つとなりました。フランチャイズも積極的に取り入れ、「きゅうりの切り方」や「帽子の被り方」を含め、こと細かく規定された厳しい調理基準表(マニュアル)を徹底的に導入。串の坊はどんどん拡大していきました。 

多店舗展開で直面するブランド維持の難しさ、財務体質の不健全化

画像13 創業初期(法善寺店 1960年ごろ)しかし、直営店だけでなくフランチャイズ(FC)も含めて一気に店舗を増やした結果、具体的にどのような問題があったのか――

「店舗数が増えていくと、色んな人たち、会社が入ってきます。時間の経過とともに、マニュアルから外れた営業を行ったり、オリジナリティを出したり、FCからの要望事項が増えてきたり。もちろん借入も膨らんでいきます。徐々に串の坊のブランドを守りづらくなった結果、一体何のために串の坊を経営しているのか、見直すようになったと聞いています。」

店舗数の増加に伴い、クオリティのコントロールが効きづらくなり、様々な問題が発生するように。そして気がつけば会社は大変な「借金体質」に。串の坊の将来、会社の持続可能性を考えた時に、これは健全な経営ではないと考えを改めたことが方針大転換のきっかけでした。

4代目が分析する、経営の属人化を防ぎ「権限を分散する」飲食店組織論

官僚出身の乾さんはこの過去の失敗を、以下のように分析しています

「拡大期の串の坊は、単に店舗を増やすことだけに集中してしまい、串の坊の価値をどう守るか、どのような組織を作っていくか、といった観点が少し欠けていたのかなと感じます。串の坊という船の行き先を社員間で共有し、ブランドをきちんと定義し、それを守る部署をしっかりと組み上げていれば、違った展開があったのかもしれません。目標を共有し、然るべき権限を渡し、調理法管理、内装設計のデザイン統一、衛生管理、抜き打ち検査や評価も徹底的に行い、ピラミッド構造を築き上げる。こうした体制が築けていたら、もしかしたら48店舗を維持、あるいはさらなる拡大ができていた世界線もあったのかな、とは思います。」

「しかし、高単価でコンパクトな店舗数に落ち着いている今の串の坊は、今後のさらに深刻な人手不足時代を考えると、素晴らしい状態であるとも言えると思います。また、今の規模感であったからこそ、守られているブランドがあります。もし今も48店舗存在していたなら、人手不足の悩みが、今よりさらに深刻だったことでしょう。」

現在の串の坊は、発想を転換し、無闇に広げるのをやめて「ブランドが維持できる串の坊」を守っているのです。会社をコンパクトにしつつも、より良いものを提供して、長く愛され、長く続く会社にする。これこそが、過去の歴史から得た最大の教訓です。

社員の定着率の高さの理由と、新たな転換

このように、店舗数を追わずに「目の届く規模」のクオリティ維持に徹した結果は、人材定着率の高さという形にも現れています。飲食の世界で最も深刻な「人手不足」に対して、こちらの会社では勤続10年、20年、さらには30年選手にも恵まれているという環境、居心地の良さが築かれているようです。 
画像1(本人)

厨房で調理を行う乾さんと従業員の皆さん

「従業員が10年目、15年目を迎え、家族や子供をもった時に、会社が提示すべきは精神論ではなく安心感だと思います。仕事内容が楽しいことももちろん重要ですが、長年培ってきた経営基盤の強さを、給料や賞与、福利厚生という目に見える形で還元する。『ここに将来ずっと残っていても、自分も家族も絶対に大丈夫だ』と社員に確信させられる会社であり続けること。 これこそが我が社の大方針です。」

伝統を傷つけない「飲食店DX成功事例」の正解ルート

過去の歴史から学び、スタッフが安心して長く働けるよう、業界高水準の給与や安心感を維持し続けるためには、会社として原資となる利益をしっかりと生み出す、スマートな仕組みが必要不可欠です。串の坊では、DXの推進、人工知能の導入を進めつつも、ブランド価値をしっかりと守り、発展させることを意識しているようです。

人工知能を活用した外国語メニューの導入とデジタルマーケティング

その具体的な取り組みとして、まずは人工知能を活用した外国語メニューの導入が進められました。直営店舗は英語、中国語(簡体字)、中国語(繁体字)、韓国語の4カ国語に完全対応。コースやドリンクのメニューはもちろん、串カツの一覧や、串カツ・卵かけご飯の食べ方を説明するイラストまで作成しています。これらは全てAIで作成し、各店に配布しているようです。 また、Googleや食べログ、ぐるなび、ホットペーパーの掲載情報整備にもAIをフル活用。一つ一つ徹底的にアップデートし、新規顧客の開拓を進めています。 

AIを用いた労務環境の見直しと、自社開発DXシステムによるコスト削減

さらに、就業規則や雇用契約書の見直しにもAIが活用されました 。令和の時代に適した労務環境を整備するため 、人工知能と徹底的に議論。顧問弁護士と社会保険労務士との確認も経た上で、関連規則を全てアップデートしています。 また、売上やシフト、人員配置についても、社内で分析ツールを独自開発し、徐々に運用を進めている段階です。

これまで一件あたり数百万円、場合によっては1,000万円以上かかっていたであろうシステムですが、このように社内で開発・工夫することで格安での実現に成功しました。串の坊は、守るべきブランド価値を大切にしながら、AI導入を積極的に進めています。

老舗4代目・乾さんが見極めた、令和の飲食店経営における『アナログで残すこだわり』

このように、管理業務ではAIを駆使してスマート化を進める一方で、乾さんは「デジタルとアナログの境界線」に明確な一線を引いています。 

串の坊というブランドと、お客様が求める「外食の楽しさ」を裏切らないための選択

乾さんが特に強いこだわりを持っているのが、「接客」という名の、デジタル化しないアナログの領域です。数十人分におよぶ「おまかせコース」のタイミングをすべて見極め、一本ずつ丁寧に揚げつつ、目の前のお客様をもてなし、お店の運営管理までこなす店長(オールラウンダー)が現場を支えています。

ここに配膳ロボットやQRコード注文を導入することは今後もないだろうと言います。乾さんはその理由を、お客様の目線に立ってこう語ってくださいました。

「串の坊は、ランチで4,000円前後、夜なら8,000円前後という価格帯のお店です。その金額を支払って食事を楽しみに来てくださったのに、ロボットが料理を運んできて『注文はQRコードからどうぞ』と言われたら、やっぱり『なんだよそれ』と、がっかりされてしまうと思うんです。せっかくの外食ですから、人間に配膳されたい、接客されたいですよね。私自身も一消費者としてそう思いますし、お客様もきっとそれを求めて足を運んでくださっているはずですから。」
画像6(串カツ)

職人が一本ずつ丁寧に揚げる様々な串カツと、豊富に取り揃えられたワイン

「DXを導入したせいで、現場に余計な作業と負担が増え、サービスのクオリティが低下するのは本末転倒」という強い信念もあります。さらに、現場目線に立ち、アナログで残すべきものはアナログで残す。例えば、急なキャンセルや時間変更の対応においても「紙の台帳に手書きする」ほうが、デジタル機器を操作するよりも圧倒的に「早くて正確」だという、現場のスタッフからの目線もあります。

実際、1日6回転以上する大規模店舗では、今でもネット予約の内容を大きな紙の台帳に書き写して管理していますが、その現場ならではのアナログの効率性の高さも同社ではしっかりと尊重しています。一方で、中小規模店舗では必要に応じてデジタル台帳を導入するなど、店舗ごとの最適解を柔軟に見極めているそうです。また、新しいデジタルツールを導入する際には、『それが現場にとって本当に無駄にならないか』を必ず事前に検証し、スタッフの理解と合意を得た上で進めるのが乾さんの確固たるスタンスです。一連の取り組みからは、すべての業務プロセスを闇雲にDX化するのではなく、「残すべきアナログ」を見極めることの重要性が強くうかがえます。  

マニュアルで縛らない、スタッフの創意工夫と店長裁量

すべてをマニュアルやDX化で縛って機械化を進めると、クオリティは一定に保てるかもしれませんが、現場から主体性が消えてしまいます。あえてマニュアルをガチガチにせず、「高い接客スキルで貢献しているから、ネイルや髪色など形式的なルール違反を理由にNGにしない」と店長の裁量を残す。「この『あえてマニュアル化しすぎない仕組み』こそが、スタッフが自発的に動き、現場のモチベーションを高める正体なのです」

 店舗数は追わない──箱の価値を高める4代目の新たな試み 

 「中身」を磨き、箱を進化させる──24店舗の価値を高める安定飛行の形

乾さんが目指すこれからの着地点は、明確に「今後も安定飛行でいくこと」だそうです。これ以上無闇に店舗数を増やすのではない。「目が届き、串の坊ブランドを保てる規模」を大切に守り抜く。

店舗数を増やす(横に広げる)のではなく、今ある店舗の「箱」の価値を高め、中身をどんどん進化させていく。令和の時代にあえて、人間味溢れる「牧歌的な経営」を大切に貫く。変えるべきは変え、守るべきは守る。現場から笑い声が絶えず、社員が笑顔で、楽しく、そして他の同業他社よりも良い給料と待遇が得られる会社であり続けること。そうして、串の坊のブランド価値を高め、串の坊をより多くのお客様に、より美味しく召し上がっていただけるよう、会社をどんどん磨いていく。

この「安定飛行」の宣言と、スタッフのモチベーションを高める新たな挑戦こそが、次の75年へ伝統を繋ぐための経営戦略なのだと、深く納得させられるお話でした。

 

店舗情報

店舗名 / 会社名

串カツ・ふらゐ専門 八丁味處 串の坊/天然とらふぐ専門 六本木浜藤
株式会社串の坊

業態

串カツ、ふぐ料理

住所

東京地区(銀座・新宿・六本木ほか)、大阪地区(梅田・天王寺・難波ほか)など、計24店舗。

電話番号

03-3714-0094(本部直通)

公式サイト

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豊嶋楓果
大学にて文化人類学や多言語・多文化理解を専攻。大学で培った視点を活かし、外国人のお客さまやスタッフの本音を捉えた、インバウンド集客と外国人雇用のヒントを共有していきます。現在は「まるっと飲食情報局」の専任ライターとして、外国人材の採用・定着から、売上拡大や店舗運営まで、飲食店経営者が抱える多様な課題とその解決策を多角的に取材しています。現場が明日から導入できる実践的なヒントから、長期的な視点での課題解決まで、全国の飲食店経営者のあらゆる悩みに寄り添う有益な情報発信を追求してまいります。
豊嶋楓果
大学にて文化人類学や多言語・多文化理解を専攻。大学で培った視点を活かし、外国人のお客さまやスタッフの本音を捉えた、インバウンド集客と外国人雇用のヒントを共有していきます。現在は「まるっと飲食情報局」の専任ライターとして、外国人材の採用・定着から、売上拡大や店舗運営まで、飲食店経営者が抱える多様な課題とその解決策を多角的に取材しています。現場が明日から導入できる実践的なヒントから、長期的な視点での課題解決まで、全国の飲食店経営者のあらゆる悩みに寄り添う有益な情報発信を追求してまいります。