2025/10/21
労働基準法第39条における有給付与の条件とは?正社員とパートでの違いについても解説
飲食店は、従業員の出入りが多く、雇用形態も多様(正社員、アルバイト、パート等)なため、労務管理が複雑です。適切な管理を怠ると、従業員との間で不必要な摩擦が生じるだけでなく、労働基準法違反として法的責任を問われるリスクも発生します。特に有給休暇の取得については2019年4月からは年5日の有給休暇取得が企業に義務付けされ適切な取得管理が課題となっています。
また労働基準法は国籍を問わず日本国内で働く方が適用されます。自社の人材不足解消のために外国人人材の雇用をしている場合、その外国人人材も同様に有給休暇取得の対象となります。
本稿では、労働基準法に基づき、有給休暇の付与条件や取得方法、日数、時季指定、時季変更権、繰越、時効、買取の可否、退職時の取り扱い、そして違反した場合の罰則に至るまで、飲食店における有給休暇の運用に必要な情報を包括的に解説します。
この情報が、飲食店経営者、人事担当の皆様が有給休暇に関する正しい知識を習得し、適切な労務管理を実践するための一助となれば幸いです。
弊社G-FACTORY株式会社では、飲食業界の人材不足を解消するため外国人人材の採用支援から就労者の在留資格・特定技能ビザ取得支援、36協定、勤怠管理をはじめとする労務管理の整備アドバイスなど企業側の受入支援まで外国人人材の採用サポートを一気通貫で行っています。
自社の飲食店で、外国人材による人材不足の解消を図りたいと検討している企業様は、以下のページからお気軽のご連絡ください。
1.飲食店経営者が知っておくべき労働基準法第39条のすべて
従業員の採用・教育、食材の仕入れ、メニュー開発など、飲食店運営において考慮すべき事項は多岐に渡りますが、労働法規の遵守もその重要な柱の一つです。中でも、労働基準法第39条に規定されている従業員の「年次有給休暇」は、理解が不十分なまま運用されているケースも散見され、結果として法令違反に繋がってしまっている可能性も否定できません。そこでこの章では、飲食店経営者、人事担当者の皆様が最低限知っておくべき労働基準法第39条のポイントを、具体的な事例を交えながら解説します。
労働基準法第39条の概要:有給休暇の基本原則
労働基準法第39条は、従業員の「年次有給休暇」、すなわち有給で休暇を取得する権利について定めた条文です。平易に言えば、「一定の条件を満たした従業員には、給与が支払われる休暇を取得する権利が認められる」という内容です。この条文は、正社員に限らず、パートタイマーやアルバイトなど、あらゆる雇用形態の労働者に適用されます。
条文の要点をまとめると、以下のようになります。
• 勤続期間:
雇入れの日から起算して6か月間継続して勤務していること。例えば、4月1日に入社した従業員の場合、9月30日まで継続勤務していればこの条件を満たします。
• 出勤率:
6か月間の全労働日の8割以上出勤していること。例えば、6か月間の労働日が120日だった場合、96日以上出勤が必要です。
これらの二つの条件を両方満たした場合、従業員には「10労働日」の有給休暇が付与されます。「10労働日」とは、必ずしも10日間連続で休むことを意味するのではなく、10日分の有給休暇が付与されることを示しています。従業員は、この10日分の有給休暇をまとめて取得することも、分割して取得することも可能です。
具体的な事例で理解を深める
具体的な事例を通して、さらに理解を深めましょう。
• 例1:勤勉なアルバイトAさん
Aさんは、近所の定食屋でアルバイトを始めてからちょうど半年が経過しました。週3日、毎回欠かさず出勤しており、出勤率は100%です。この場合、Aさんは労働基準法第39条の要件を満たしているため、10日間の有給休暇が付与されます。
• 例2:体調を崩しがちだったパートBさん
Bさんは、カフェでパートとして勤務していますが、体調を崩すことが多く、過去6か月の間に数日欠勤してしまいました。出勤率を計算した結果、75%でした。この場合、Bさんは出勤率が8割に達していないため、現時点では有給休暇は発生しません。
• 例3:日本で働く外国人従業員Cさん
Cさんは、日本で就労する外国人です。レストランでホールスタッフとして勤務しており、勤続期間は6か月以上、出勤率も8割を超えています。労働基準法は、日本国内で働く全ての労働者に適用されるため、国籍は関係ありません。したがって、この場合、Cさんにも日本人従業員と同様に、労働基準法第39条が適用され、有給休暇が付与されます。
2019年4月からの法改正:年5日の有給休暇取得義務化
2019年4月に行われた労働基準法の改正により、企業は従業員に年5日の有給休暇を取得させることが義務付けられました。これは、従業員の健康維持やワークライフバランスの実現を目的としたものです。企業は、従業員が確実に年5日の有給休暇を取得できるように、適切な管理を行う必要があります。この点については、後述の章で詳しく解説します。
2.有給休暇取得時の賃金計算:飲食店経営者、人事担当者が知っておくべきこと
前章では、有給休暇の付与条件、付与日数、基本的なルールについて説明しました。この章では、従業員が有給休暇を取得した場合に支払うべき賃金の計算方法について解説します。適切な賃金の支払いは、法令遵守はもちろんのこと、従業員の会社に対する信頼感の醸成にも繋がります。
有給休暇中の賃金計算:3つの方式
労働基準法では、有給休暇を取得した労働者に対し、以下のいずれかの方法で賃金を支払うよう定めています。どの方式を採用するかは、就業規則および賃金規程に明確に記載する必要があります。
• 通常賃金支給方式:
通常の労働日と同様の賃金を支払う方法です。これは、通常の賃金形態(時間給制、日給制、月給制など)に基づいて算出されます。
• 平均賃金支給方式:
過去3か月間の賃金総額を、その期間の暦日数で除した金額を支払う方法です。ただし、下限額が設定されており、算出した平均賃金が下限額を下回る場合は、下限額が支払われます。
• 健康保険の標準報酬日額支給方式:
健康保険法に基づき算出される標準報酬月額を30で割った金額を支払う方法です。この方式を選択するには、労使協定(労働者と使用者間の合意)の締結が必須です。
以下、各方式について詳細を見ていきましょう。
通常賃金支給方式:最も一般的な計算方法
これは最もシンプルな計算方法で、従業員が通常の労働日に就労した場合と同一の賃金を支給します。
時間給制の場合:
通常の時間給に、その日の所定労働時間数を乗じた額が支払われます。例えば、時間給1,100円で1日の所定労働時間が7時間の従業員が有給休暇を取得した場合、額面7,700円が支払われます。
日給制の場合:
通常の日給額がそのまま支給されます。
月給制の場合:
月給額を月間の所定労働日数で割った金額が、1日あたりの賃金として労働者に支払われます。
この方式は計算が容易なため、多くの企業で採用されています。
平均賃金支給方式:賃金変動が大きい場合に適応
平均賃金は、過去3か月間の賃金総額を、その期間の暦日数で除して算出します。
計算式:平均賃金 = 過去3か月間の賃金総額 ÷ 過去3か月間の暦日数
例えば、過去3か月間の賃金総額が75万円、その期間の暦日数が91日だった場合、平均賃金は約8,242円(75万円 ÷ 91日)となります。
ただし、最低保障額が設けられており、以下のいずれか高い方の金額が平均賃金として適用されます。
1. 上記計算式で算出した金額
2. 過去3か月間の賃金総額を、その期間の労働日数で除した金額の6割
具体例として、上記の例で過去3か月間の労働日数が55日だった場合を考えてみましょう。労働日数で割った金額は約13,636円(75万円 ÷ 55日)となり、その6割は約8,182円です。上記計算式で算出した約8,242円の方が高いため、この場合は約8,242円が平均賃金となります。もし、上記計算式で算出した金額が約8,182円を下回る場合は、約8,182円が平均賃金となります。
平均賃金支給方式は、賃金の変動幅が大きい従業員に適用されるケースが多いです。
健康保険の標準報酬日額支給方式:労使協定が必須
健康保険の標準報酬月額を30で割った金額を支払う方法です。この方式を採用するには、労使協定の締結が不可欠です。
標準報酬月額は、健康保険料を算出する際に用いられるもので、従業員の給与額に応じて一定の等級に区分されています。
この方式は、計算が比較的容易である一方、実際の賃金と差が生じる場合があるため、労使間で十分に協議した上で採用を決定する必要があります。
就業規則および賃金規程への明記:トラブル防止のために
どの方式で有給休暇中の賃金を支給するかを決定したら、必ず就業規則および賃金規程に明記する必要があります。これにより、従業員との間の認識の不一致を防ぎ、労使間のトラブルを未然に防ぐことができます。
厚生労働省の情報
厚生労働省のウェブサイトでは、労働基準法や有給休暇に関する詳細な情報が掲載されています。以下のリンクも参考にしてください。
労働基準法: https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049
年次有給休暇の付与について:
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/dl/140811-3.pdf
これらの情報を参考に、自社の状況に合った方法を選択し、適切な運用を心がけましょう。
3.飲食店における有給休暇の運用:パート・アルバイトと正社員の違い
これまでの章では、労働基準法第39条に基づく有給休暇の基本的なルールや賃金の計算方法について解説してきました。この章では、特に飲食店で多く雇用されているパート・アルバイトといった所定労働日数が少ない労働者(以下、パート等と表記)と正社員との有給休暇の扱いの違い、そしてパート等から正社員になった場合の勤続期間の通算について解説します。
所定労働日数が少ない労働者(パート等)の「比例付与」
正社員のように週5日勤務する労働者に対しては、前述の表に基づいて有給休暇が付与されますが、パート等の所定労働日数が少ない労働者には、「比例付与」という制度が適用されます。これは、労働日数に応じて有給休暇の日数を比例的に減らす制度です。
具体的には、以下の表に基づいて有給休暇が付与されます。
|
週所定労働日数 |
1年間の所定労働日数 |
付与日数(6ヶ月経過後) |
付与日数(1年6ヶ月経過後) |
付与日数(2年6ヶ月経過後) |
付与日数(3年6ヶ月経過後) |
付与日数(4年6ヶ月経過後) |
付与日数(5年6ヶ月経過後) |
付与日数(6年6ヶ月以上経過後) |
|
4日 |
169〜216日 |
7日 |
8日 |
9日 |
10日 |
12日 |
13日 |
15日 |
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3日 |
121〜168日 |
5日 |
6日 |
6日 |
8日 |
9日 |
10日 |
11日 |
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2日 |
73〜120日 |
3日 |
4日 |
4日 |
5日 |
6日 |
6日 |
7日 |
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1日 |
48〜72日 |
1日 |
2日 |
2日 |
2日 |
3日 |
3日 |
3日 1 |
例えば、週3日勤務のパートの場合、6ヶ月経過後には5日の有給休暇が付与されます。その後、勤続年数に応じて付与日数が増加していきますが、正社員よりも少ない日数となります。
この表からわかるように、パート等の有給休暇は、週の所定労働日数と年間の所定労働日数によって付与日数が異なります。これは、労働時間に応じて有給休暇を付与するという考え方に基づいています。
具体例で理解を深める
具体的な例を見てみましょう。
例1:週2日勤務のアルバイトDさん
Dさんは、近所のカフェで週2日アルバイトをしています。6ヶ月継続して勤務し、出勤率も8割を超えています。この場合、Dさんには3日の有給休暇が付与されます。
例2:週4日勤務のパートEさん
Eさんは、レストランで週4日パートとして働いています。1年6ヶ月継続して勤務し、出勤率も8割を超えています。この場合、Eさんには8日の有給休暇が付与されます。
パート等から正社員になった場合の勤続期間の通算
パート等として勤務していた従業員が正社員になった場合、有給休暇の付与日数を計算する際の勤続期間は通算されます。つまり、パート等として働いていた期間も、正社員としての勤続期間に加算されるのです。
例えば、パートとして3年間勤務した後、正社員になった場合、正社員としての勤続期間は3年からスタートします。そのため、正社員になってすぐに、3年6ヶ月経過後の付与日数である14日の有給休暇が付与されることになります。
これは、従業員の継続的な勤務を評価し、不利益を被らないようにするための措置です。
4.飲食店における有給休暇の運用:計画的付与とは?
前章では、パート・アルバイトと正社員の有給休暇の扱いの違いについて解説しました。この章では、有給休暇の「計画的付与」という制度について詳しく解説します。この制度を適切に活用することで、飲食店は従業員の休暇取得を促進しつつ、店舗運営の効率化を図ることができます。
有給休暇の「計画的付与」とは?
年次有給休暇は、原則として従業員が希望する時期に取得するものですが、「計画的付与」という制度を利用することで、あらかじめ労使協定(労働者と使用者間の合意)を締結することにより、使用者(飲食店経営者)が有給休暇を与える日を指定することができます。
これは、従業員の休暇取得を促進し、計画的な人員配置を行うことを目的とした制度です。
計画的付与の具体的な活用例
飲食店における計画的付与の活用例としては、以下のようなケースが考えられます。
• 繁忙期と閑散期の調整:
年末年始やゴールデンウィークなどの繁忙期は従業員に集中して働いてもらい、閑散期に計画的に有給休暇を付与することで、従業員の休暇取得を促進し、業務の偏りを解消することができます。
• 大型連休の実現:
ゴールデンウィークやお盆休みなどで、法定休日となっていない日に社内の労働者に一斉に有給休暇を取得させることで、会社全体を休みにしたり、大型連休を実現したりすることができます。これにより、従業員のリフレッシュを図り、モチベーション向上につなげることができます。
• チームごとの交替制付与:
複数の従業員が所属するチームにおいて、交替制で有給休暇を付与することで、業務に支障が出ないようにしながら、従業員の休暇取得を促進することができます。例えば、調理場スタッフをA、B、Cの3つのグループに分け、毎週1グループずつ計画的に有給休暇を取得させる、といった運用が可能です。
• 店舗メンテナンス日の設定:
定期的な店舗メンテナンス日を設定し、その日に従業員に計画的に有給休暇を付与することで、店舗のメンテナンスを行いながら、従業員の休暇取得も同時に行うことができます。
これらの例からもわかるように、計画的付与は、飲食店における人員配置や業務運営を円滑に進める上で、非常に有効な手段となります。
計画的付与の注意点:指定できるのは年5日を超える部分に限られる
計画的付与を行う上で、重要な注意点があります。それは、使用者が指定できるのは、年に5日を超える部分に限られるということです。
つまり、従業員には、最低でも5日間は自由に有給休暇を取得する権利が保障されています。使用者は、この5日間については、従業員の希望を尊重し、自由に取得させなければなりません。
例えば、年間の有給休暇付与日数が10日の従業員の場合、使用者が計画的に付与できるのは最大で5日です。残りの5日は、従業員が自由に取得することができます。
このルールを守らず、全ての有給休暇を計画的に付与してしまうと、労働基準法違反となる可能性がありますので、十分に注意が必要です。
計画的付与の手続き
計画的付与を実施するためには、以下の手続きが必要です。
• 労使協定の締結: 労働者の代表者との間で、計画的付与に関する労使協定を締結する必要があります。この協定では、計画的付与の対象となる従業員の範囲、付与する時期や方法などを具体的に定める必要があります。
• 就業規則への記載: 労使協定の内容を就業規則に記載する必要があります。これにより、計画的付与が正式な制度として運用されることになります。
• 従業員への周知: 計画的付与の内容を従業員に十分に周知する必要があります。これにより、従業員は安心して休暇を取得することができます。
これらの手続きを適切に行うことで、計画的付与を円滑に運用することができます。
5.飲食店における有給休暇の運用:事業者による時季指定義務
前章では、有給休暇の計画的付与について解説しました。この章では、2019年4月の労働基準法改正により義務付けられた「事業者による時季指定義務」について、飲食店経営者の皆様に向けて詳しく解説します。
事業者による時季指定義務とは?
2019年4月の労働基準法改正により、年次有給休暇が10日以上付与される従業員に対して、使用者は年5日について、時季を指定して取得させることが義務付けられました。これは、従業員の健康確保やワークライフバランスの推進を目的としています。
この義務は、企業規模に関わらず、従業員を雇用する全ての事業者に適用されます。飲食店も例外ではありません。また、対象となる従業員は、一般の従業員だけでなく、管理監督者(いわゆる管理職)も含まれます。
時季指定の方法
事業者が時季を指定する際には、以下の手順を踏む必要があります。
•従業員の意見聴取: 事業者は、時季を指定する前に、従業員の意見を聴く必要があります。これは、従業員の希望を尊重し、できる限り希望に沿った形で時季を指定するためです。意見聴取の方法は、面談やアンケートなど、様々な方法が考えられます。
• 時季の決定: 従業員の意見を考慮した上で、事業者は時季を決定します。この際、事業の正常な運営を妨げない範囲で、できる限り従業員の希望に沿うように配慮する必要があります。
• 従業員への通知: 決定した時季を従業員に通知します。通知方法は、書面や口頭など、適切な方法で行います。
計画年休制度の利用
前章で解説した「計画年休制度」を利用することで、この時季指定義務を果たすことも可能です。計画年休制度を利用する場合は、以下の点に注意が必要です。
• 労使協定の締結: 労働者の代表者との間で、計画年休に関する労使協定を締結する必要があります。
• 就業規則への規定: 労使協定の内容を就業規則に記載する必要があります。
• 最低5日は従業員が自由に取得できるように残す: 計画年休として指定できるのは、年5日を超える部分に限られます。つまり、最低5日は従業員が自由に取得できるように残す必要があります。
例えば、年間の有給休暇付与日数が12日の従業員の場合、計画年休として指定できるのは最大で7日です。残りの5日は、従業員が自由に取得することができます。この5日間は、従業員の希望に基づいて取得させるか、後述する時季指定の方法で事業者が時季を指定する必要があります。
時季指定の具体例
飲食店における時季指定の具体例としては、以下のようなケースが考えられます。
•閑散期の活用: 比較的客足が落ち着いている時期に、従業員に時季を指定して有給休暇を取得させる。
シフト調整による取得: シフトを調整し、他の従業員と協力して休暇を取得できるようにする。
• 誕生日休暇の設定: 従業員の誕生月に、時季を指定して有給休暇を取得させる。
これらの例はあくまで一例です。各飲食店の状況に合わせて、適切な方法で時季指定を行うことが重要です。
時季指定をしなかった場合の罰則
事業者が時季指定義務を怠った場合、労働基準法違反となり、罰則の対象となる可能性があります。そのため、必ず従業員の意見を聴取した上で時季を指定し、確実に年5日の有給休暇を取得させるようにしましょう。
6.飲食店における有給休暇の運用:時季変更権とは?
前章では、事業者による時季指定義務について解説しました。この章では、従業員が希望する時期に有給休暇を取得することに対し、事業者が時期の変更を求めることができる「時季変更権」について、詳しく解説します。
時季変更権とは?
有給休暇の取得は労働基準法で保障された労働者の権利であり、原則として雇用者(飲食店経営者)が制限することは認められません。取得時期についても、基本的には労働者の希望で決めることができます。
しかし、労働者の希望する時期に有給休暇を与えることが、事業の正常な運営を著しく妨げる場合、例外的に事業者は時期についてのみ変更を指定することが可能です。この権利を「時季変更権」といいます。
これは、労働者の権利と事業運営のバランスを取るための制度です。
時季変更権が認められるケース
具体的にどのような場合に時季変更権が認められるのでしょうか。以下に飲食店における例を挙げて説明します。
• 繁忙期に有給休暇の請求があった場合:
年末年始、ゴールデンウィーク、お盆休みなど、飲食店にとって非常に忙しい時期に、従業員から有給休暇の請求が集中した場合、人員配置が困難になり、店舗運営に支障をきたす可能性があります。このような場合に、時季変更権の行使が認められることがあります。例えば、繁忙期を避けた時期に休暇を取得するように変更を求めることができます。
• 特定の従業員に業務が集中している場合:
特定の従業員しか担当できない業務がある場合、その従業員が同時に有給休暇を取得してしまうと、業務が滞ってしまう可能性があります。このような場合も、時季変更権の行使が認められることがあります。例えば、業務の引継ぎ期間を設けるために、休暇時期の変更を求めることができます。
• 多くの労働者から同時期に有給休暇申請が集中した場合:
複数の従業員から同時期に有給休暇の申請が集中し、通常の業務運営が困難になる場合も、時季変更権の行使が認められることがあります。この場合、他の従業員の休暇時期と調整するなど、時期の変更を求めることができます。
これらのケースはあくまで例示であり、個々の状況によって判断が異なります。重要なのは、「事業の正常な運営を著しく妨げる」という客観的な基準で判断することです。
時季変更権の行使における注意点
時季変更権は、あくまで例外的な措置であり、濫用は許されません。行使する際には、以下の点に注意する必要があります。
• 代替要員の手配を最大限努力する:
時季変更権を行使する前に、代替要員の手配など、業務への影響を最小限に抑えるための努力を最大限に行う必要があります。安易に時季変更権を行使することは、従業員の権利を侵害する行為とみなされる可能性があります。
• 誠意をもって説明する:
時季変更権を行使する場合は、従業員に対して、なぜ時期の変更が必要なのかを丁寧に説明し、理解を求めることが重要です。一方的な変更は、従業員の不信感を招き、労使関係の悪化につながる可能性があります。
• 代替案を提示する:
時期変更を求める場合は、代替となる休暇時期を提示するなど、できる限り従業員の意向を尊重する姿勢を示すことが大切です。
時季変更権の濫用は違法
正当な理由なく時季変更権を濫用した場合、労働基準法違反となる可能性があります。例えば、以下のようなケースは時季変更権の濫用とみなされる可能性があります。
• 単に人手不足という理由だけで変更する場合: 繁忙期でもないのに、単に人手不足という理由だけで時期変更を求める場合。
• 従業員の個人的な事情を考慮しない場合: 従業員の個人的な事情(例えば、家族の事情や旅行の予定など)を全く考慮せずに時期変更を求める場合。
• 何度も時期変更を繰り返す場合: 正当な理由なく、何度も時期変更を繰り返す場合。
これらの行為は、従業員の権利を侵害するだけでなく、企業の信頼を失墜させることにもつながります。
8.飲食店における有給休暇の運用:繰越と時効、買取について
前章までで、有給休暇の時季変更権など、運用に関する重要なポイントを解説しました。この章では、有給休暇の繰越と時効、そして買取について、飲食店経営者の皆様が知っておくべきことをまとめます。
有給休暇の繰越と時効
有給休暇は、付与された日から2年で時効を迎えます。つまり、2年経過すると、その有給休暇は消滅してしまうのです。
例えば、2023年4月1日に10日間の有給休暇が付与された場合、2025年4月1日にはその10日間の有給休暇は時効により消滅します。
ただし、1年で消化しきれなかった有給休暇は、翌年に「繰越」が認められます。上記の例で、2023年4月1日に付与された10日間のうち、5日間しか消化しなかった場合、残りの5日間は2024年4月1日に繰り越されます。
しかし、繰り越された有給休暇も、繰越された日から1年後、つまり最初に付与された日から2年後には時効を迎えます。上記の例では、繰り越された5日間も2025年4月1日には消滅します。
つまり、有給休暇は最大で2年間有効であり、それ以上の累積は、会社が特に認めていない限り不可能です。
有給休暇の消化順序
有給休暇の消化順序について、法律で明確な定めはありません。しかし、労働者から特に指定がない限り、前年の繰越分から優先的に消化されると解釈するのが一般的です。
例えば、前年に5日間の有給休暇を繰り越しており、今年新たに10日間の有給休暇が付与された場合、最初に消化されるのは繰越分の5日間となります。
この運用は、従業員にとっても分かりやすく、トラブルを避けるためにも推奨されます。
有給休暇の買取について
厚生労働省は、有給休暇の買取について、「年次有給休暇の本来の趣旨である『休むこと』を妨げることとなるため、買い取りは法律違反となります。」と明記しています。そのため、原則として、会社が従業員の有給休暇を買い取る行為は違法となります。
有給休暇は、労働者の心身のリフレッシュを目的としており、金銭で補償するのではなく、実際に休暇を取得することが重要であるという考え方に基づいています。
ただし、以下の場合は例外的に買取が認められることがあります。
• 退職時に未消化となっている残日数:
退職する従業員が、退職日までに消化しきれなかった有給休暇については、会社が任意で金銭を給付することが可能です。これは、退職によって有給休暇を取得する機会が失われるため、例外的に認められています。
• 時効により消滅する有給休暇:
時効により消滅する有給休暇については、会社が任意で金銭を給付することが可能です。ただし、この場合も、本来は休暇を取得させることが望ましいという原則を理解しておく必要があります。
これらの例外を除き、在職中の従業員に対して有給休暇を買い取る行為は原則として違法となりますので、注意が必要です。
9.飲食店における有給休暇の運用:退職時の有給消化について
これまでの章では、有給休暇の基本的なルールから運用方法、繰越や時効、そして買取について詳しく解説してきました。この章では、従業員が退職する際の有給休暇の消化について、飲食店経営者の皆様が知っておくべき重要なポイントをまとめます。
退職日直前の有給休暇取得
従業員が退職する場合、退職日直前に残っている有給休暇をまとめて取得することがよくあります。この場合、引き継ぎ業務に支障が出るのではないかと懸念する経営者の方もいるかもしれません。
しかし、原則として、退職日直前の有給休暇取得に対して、事業者は時季変更権を行使することはできません。
これは、時季変更権はあくまで「在職中」の労働者に対して行使できる権利であり、退職日以降は労働者ではなくなるため、時季変更権の対象外となるためです。
つまり、従業員が退職日までの期間に有給休暇を消化することを希望した場合、事業者は原則としてこれを拒否することはできません。
引き継ぎへの影響と対応策
とはいえ、退職日直前の有給休暇取得が引き継ぎに影響を与える可能性は否定できません。そのため、以下のような対応策を講じることをお勧めします。
• 早めの退職意向の確認: できる限り早い段階で従業員の退職意向を確認し、引き継ぎ期間を十分に確保するように努める。
• 引き継ぎ計画の作成: 退職する従業員と協力して、引き継ぎ計画を作成し、スムーズな引き継ぎが行えるように準備する。
• 業務の標準化: 日頃から業務の標準化を進めておくことで、特定の従業員に業務が偏ることを防ぎ、引き継ぎが容易になるようにする。
• 有給休暇の計画的な取得の推奨: 日頃から従業員に対して、有給休暇の計画的な取得を推奨することで、退職直前にまとめて取得することを避けるように促す。
これらの対策を講じることで、退職に伴う引き継ぎへの影響を最小限に抑えることができます。
退職日までに消化しきれなかった有給休暇の買取
前章でも触れましたが、退職日までに消化しきれなかった有給休暇については、会社が任意で金銭を給付することが適法です。
これは、退職によって有給休暇を取得する機会が失われるため、例外的に認められています。
この場合、買取金額は、通常の賃金に基づいて計算します。具体的には、以下のいずれかの方法で計算します。
• 通常の賃金: 通常の労働日と同じ賃金を支払う方法。
• 平均賃金: 過去3か月間の賃金に基づいて計算する方法。
どの方法で計算するかは、就業規則や労働契約で定めておくことが望ましいです。
10.飲食店における有給休暇の運用:労働基準法第39条違反の罰則
これまでの章では、有給休暇の基本的なルール、運用方法、繰越、時効、買取、そして退職時の取り扱いについて詳しく解説してきました。この最終章では、労働基準法第39条(年次有給休暇)に違反した場合に科される罰則について、飲食店経営者の皆様が知っておくべきことを明確にまとめます。
労働基準法第39条は、労働者の心身のリフレッシュを図り、健康で文化的な生活を保障するために、有給休暇の付与を義務付けています。この条文に違反することは、従業員の権利を侵害するだけでなく、企業にとっても大きなリスクとなります。
有給休暇の取得拒否に対する罰則
従業員が正当な理由で有給休暇を申請したにもかかわらず、事業者がこれを拒否した場合、労働基準法第119条第1号に基づき、以下の罰則が科される可能性があります。
- • 6か月以下の懲役
- • 30万円以下の罰金
これは、従業員一人につき一つの違反として扱われるため、複数人の従業員に対して有給休暇の取得を拒否した場合、罰金額は倍増する可能性があります。
例えば、5人の従業員に対して有給休暇の取得を拒否した場合、最大で150万円の罰金が科される可能性があります。
年5日の有給休暇取得義務違反に対する罰則
2019年4月の労働基準法改正により、年次有給休暇が10日以上付与される労働者に対して、事業者は年5日について、時季を指定して取得させることが義務付けられました。この義務に違反した場合、労働基準法第120条第1号に基づき、以下の罰則が科される可能性があります。
- 30万円以下の罰金
この罰則も、対象となる従業員一人につき一つの違反として扱われます。
有給休暇の買取・買い上げに関する注意点と罰則
前述の通り、有給休暇の買取・買い上げは、原則として労働基準法違反となります。これは、有給休暇の本来の目的である「休むこと」を妨げる行為とみなされるためです。
違反した場合、有給休暇の取得拒否と同様に、労働基準法第119条第1号に基づき、以下の罰則が科される可能性があります。
• 6か月以下の懲役
• 30万円以下の罰金
ただし、以下の場合は例外的に買取が認められます。
• 退職時に未消化となっている残日数: 退職によって有給休暇を取得する機会が失われるため、例外的に認められています。
• 時効により消滅する有給休暇: 時効により消滅する有給休暇についても、会社が任意で金銭を給付することが可能です。
これらの例外を除き、在職中の従業員に対して有給休暇を買い取る行為は原則として違法となりますので、十分注意が必要です。
罰則を避けるために
これらの罰則を避けるためには、以下の点を徹底することが重要です。
• 労働基準法第39条の内容を正しく理解する: 有給休暇の付与日数、取得要件、時季指定、時季変更権など、法律の内容を正しく理解することが基本です。
• 就業規則を整備する: 有給休暇に関する事項を就業規則に明記し、従業員に周知徹底する。
• 従業員の意見を尊重する: 有給休暇の取得時期については、できる限り従業員の意見を尊重し、円滑な取得を促進する。
• 計画的な取得を推奨する: 従業員に対して、有給休暇の計画的な取得を推奨し、まとめて取得することを避けるように促す。
• 労務管理を適切に行う: 有給休暇の付与状況や取得状況を適切に管理し、法令違反がないか定期的に確認する。
これらの対策を講じることで、法令違反のリスクを大幅に減らし、従業員が安心して働ける環境を整備することができます。
まとめ:有給休暇の付与義務に注意して適切な労務管理を行おう!
全10章を通して、飲食店における有給休暇の運用について、労働基準法の規定に基づき詳しく解説してきました。有給休暇は、労働者の権利として法律で保障されており、適切な管理と運用は、従業員の健康とモチベーションの維持、ひいては店舗の円滑な運営に不可欠です。
労働基準法第39条は、有給休暇に関する根拠となる条文であり、付与義務、日数、時間単位年休、時季指定、計画年休、年5日指定義務、有給休暇中の賃金、出勤率の算定方法など、多岐にわたる事項を規定しています。
特に重要なポイントとして、労働者の雇入れ日から6か月継続勤務し、全労働日の8割以上の日数に出勤した場合、事業者は必ず10日間の有給休暇を付与しなければならないとされています。これは、正社員だけでなく、パート・アルバイト、あるいは外国人労働者であっても全ての労働者に適用されます。外国人労働者を雇用する際も、日本人労働者と同様に、適切な労務管理を行うことが求められます。
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