2020/03/10
店の顧客と日本酒を楽しみイベントで交流を深める
私事だが、筆者は高校の同窓会の理事をしていて、その会議が東京・門前仲町で行われることから、門前仲町を訪れる機会が多い。そこで感じることは、巧みにつくり込んだ飲食店が増えてきているということだ。
今年の1月末にも会議があって、早めに着いたことから富岡八幡宮を参拝し、昼飲みの飲食店が揃う参道から大通に向かう途中の左の路地に「KARASU」という質素なロゴが見えた。近づくと開店準備中だった。小さいながらもセンスの良さが感じられた。
その夜9時ごろに同店を訪ねると満席だった。お客さまは30代から40代でお客さま同士の仲が良く、常連になって知り合ったのだろう。早速オーナーの赤井健太郎氏に挨拶をして取材をお願いした。
目次
物件を見て店のイメージがすぐに湧いてきた
赤井氏は1989年3月生まれ、20歳で六本木にバーを展開する会社にバーテンダーとして入社したのが社会人の始まりである。入社してから社長に「将来飲食業で独立したい」とアピールしていたところ21歳で店長を任された。社長は赤井氏の情熱を評価したようだ。赤井氏はそれに応えるべく熱心に取り組み、その店でマネジメントを学んだ。
「KARASU」をオープンしたのは2018年4月。赤井氏は六本木のバーのほか三軒茶屋のオーセンティックバーなどを経験し8年間修業、この過程で「日本のお酒を発信しよう」と目標が定まっていった。
物件は代々木上原あたりを探していたが、仲介業者より現在の物件を紹介された。赤井氏はそれまで東京の東エリアを訪ねたことがなかったが、ここを見た時に店のイメージがすぐに湧いてきたことから、即決した。
店は9坪16席、営業時間は15時から24時。この時間帯に決めたのは「人がやりたがらない時間帯に需要が存在する」という経験値からだ。六本木で働いていたバーは17時から朝8時まで営業しており、経験した他の店も1日9時間ないし10時間営業していた。そこで立地環境から「早く開けた方がいい」と考え、15時オープンに決めた。
六本木の会社にはユニークな制度があった。それは、1年に1度、2週間の有給休暇を取得出来て、海外旅行に行かせること。そのために10万円が支給された。
そこで赤井氏は、自分の仕事に関連するスコットランドやイタリアに行っていたが、訪ねるきっかけが稀な異国に憧れるようになり、旧ユーゴスラビアやチュニジアに行った。この経験が、現在の「KARASU」メニューづくりに活かされているという。
例えば、チュニジアの国民的調味料に「ハリッサ」がある。これはパプリカをベースに複数のスパイスとオリーブオイルを混ぜてつくるもので、中華料理に例えると豆板醤のようなものだ。これを自家製でつくり、現在のメニューに使用している。最初につくったのは「地中海風よだれどり」1000円。低温調理した鶏の胸肉にハリッサを合わせたものだ。
メニューは、最初に「地中海風よだれどり」「シチリアで食べたポテトサラダ」「カツオのブルーチーズカツレツ」というキャッチーなネーミングを用意していて、実際につくってみたらとてもおいしく、それをオンメニューにした。
日本酒を銘柄ではなく料理とのマッチングを提案
赤井氏は市場に通うことが好きで、毎日市場で食材を見ている。自転車で15分程度の築地に毎日通っている。ここで気になった食材を購入してきて、自転車に乗って店にやって来るまでの間にどのようなメニューにするかを考えている。
フードメニューは約50品。お客さまの来店動機もさまざまなので、絞り込むよりもこの程度の品揃えは妥当だと考えている。人気上位は「シチリアで食べたポテトサラダ」600円、「鴨レバーのとろとろコンフィ」600円、「本日のカルパッチョ盛合せ」と言ったところだ。
このカルパッチョには最も原価をかけている。魚種は季節やその日の状態でも変わる。赤井氏としてもお客さまに最もお薦めしたいメニューで、電話で予約が入った時に、通常4種類のものを5種類に増やすなどのサービスを心掛けている。客層のほとんどは徒歩圏の富裕層の人たちが半分以上を占めている。
メニューづくりとして信条としていることは「日本酒とのマッチングを大切にする」ということ。そこで、銘柄よりも味わいを大切にしている。
同店では日本酒をこのような表現で提案している。
「味わいのボリュームは…ライト?しっかり?」
「香りは…フルーティ?華やか?穏やか?」
「温度は…冷酒?燗?常温?」
「または…料理に合わせておまかせ」
このような提案をしている理由について、赤井氏はこう語る。
「日本酒とは食中酒として楽しむものだと思います。何を食べているかということで日本酒を選ぶことが日本酒の醍醐味です。日本酒をより楽しんでもらうために、お客さまからいま食べている料理に合う日本酒をくださいと、言ってもらえるようにしている」
日本酒の種類は「多分70から80種類ではないか」という。「管理が大変ではないか」と尋ねると、「飲み物はビールのほかに日本酒しか置いていないから、一般的な店よりも日本酒の回転が速いのでは」とのこと。お客さまが求める日本酒のタイプと赤井氏がお薦めする料理とのマッチングで日本酒を飲んでもらっていることから、日本酒の銘柄で人気のあるもの、そうではないものと分かれることはない。そこで9坪の店ながら一升瓶で多品種を置いていても満遍なく回転していく。
日本酒を巡るさまざまなイベントで交流を図る
さて、赤井氏は店の顧客と日本酒を楽しみ、日本酒を通じて交流することに余念がない。
まず、酒造りを終えた時期に、蔵元を招いてのイベントを月に1~2回開催している。
例えば、ある蔵元の酒の7~8種類のバラエティと料理とのマッチングを楽しんでもらうコース料理を提供する、1種類の日本酒を温度を変えて提供する、とか。イベントへの参加費は9000円あたりの設定で、満足度が高くイベントは常に満席になる。また蔵元のご当地の食材のメニューで蔵元の日本酒を楽しんでもらうというイベントも行っていて、6000~8000円程度で設定している。
また、年に1度9月に、高知市内のホテルで行われる日本酒のイベントに合わせて高知の蔵元などを巡るツアーを定例化している。第1回は2018年に開催し5人が参加。昨年は18人が参加した。参加した顧客が店の中で「高知のツアーが楽しい」と話すことから、人気が高まり今年は40人を想定している。この会費は5万5000円、交通費、宿泊費、イベント参加費、食事代を含むというもので、飛行機代を考慮するとずいぶんとお値打ちの企画である。「KARASU」が主催する「大人の修学旅行」といった感覚だ。
赤井氏はこのような日本酒を通じた交流を多くの人と共有化していきたいと考え、会員制のメルマガを立ち上げようと計画している。ここでは、「KARASU」の店内で行うイベントや旅行の企画などを告知することによって、同店のファンとのコミュニケーションを深めていき、さらに北海道や九州など遠方の人とも交流をして、酒蔵巡りなどのイベントを全国レベルに広げることができるのではないか、と考えている。
「KARASU」での楽しい経験を「家飲み」で提案
昨年12月、2号店となる「KARASUNOSU」を清澄白河にオープンした。この物件が出てくる前に、門前仲町の両隣り駅といった距離感を想定していたが、「KARASU」より700m離れたところに3階建ての古民家を紹介されて、それを店舗に活用した。
この物件が決まってから人材を探した。店長となったのは赤井氏のバーテンダー時代の後輩で、独立開業を希望していたことから、「それでは、店の立ち上げを経験してみては」と誘ったという。
今後の展開について、赤井氏はこう語る。
「店を広げることよりも、蔵元、生産者、陶器業者等々、日本酒に関わる人々、そしてお客さまに貢献して、お互いがハッピーになれる存在でありたい」
「外食」の仕事にもこだわっていないという。それは、ここで赤井氏が述べたとおり。日本酒に関わる人々がハッピーになるために、「楽しい家飲み」も提案していきたい、という。
例えば、「中食よりもクオリティの高い飲食店のおつまみと、それに合う日本酒をセットにして宅配業者さんに届けてもらう」とか、「当店に来て、料理と日本酒のマッチングを楽しんだ人が、自宅で当店のような楽しみ方をしてもらいたい」と考えている。
赤井氏の「顧客と日本酒を楽しみ、日本酒を通じて交流する」というアイデアはどんどん膨らんでいる。それは、「KARASU」の顧客や日本酒に関わる全ての人と日々接することによって日本酒が生み出すハッピーな世界を実感しているからに他ならない。