美容師として起業し、飲食業、高級食パン専門店を開拓した秘訣とは

「高級食パンブーム」と言われて久しい。特にコロナ禍にあったこの1年半の間、目に見えて増えた。飲食業界から進出している事例も多い。その要因として非アルコール業態や昼型営業にシフトする傾向が挙げられるだろう。

 

神奈川・川崎と東京・自由が丘エリアで展開する高級食パン専門店「Omochi」もその例に漏れない。同店を展開するのは有限会社DEED(本社/神奈川県川崎市、代表/千葉俊宏)で現在、高級食パン専門店は販売店を3店舗、カフェ併設店を2店舗展開している。アイキャッチの画像は、同社代表の千葉氏である。

2021年4月、川崎駅の東側に「Omochi CAFE」川崎追分店をオープン
川崎追分店は高級食パンの販売店とカフェの構成になっていて、地元密着の利用が定着している

川崎駅西側の再開発を見据えて独立

DEED代表の千葉氏は美容師であり、DEEDは美容院、飲食業、雑貨販売などを営んでいる。1978年2月生まれ、川崎で育ち、建築業を営んでいた父からは常日頃「手に職をつけるように」と言われ、高校卒業と同時に美容師見習いとなった。その才に恵まれて、20歳で国家資格の「美容師免許」を取得。21歳で美容室を展開する会社に転職、23歳で店長に就任した。その店は当時川崎駅の東側にあり月商2000万円を売り上げていて千葉氏個人では300万~400万円を売り上げ、1日20人のお客を担当することもあったという。

 

そして2002年11月、24歳で独立を果たす。その美容室が川崎駅西側にある「HAIR&SHOES TypeAB」だ。70坪のスペースがあり、現在ここではセット面15席の美容室(60坪)と、雑貨店(10坪)を営んでいる。

 

 

川崎駅の西側は東芝の街である。かつては工場と宿舎、それに対応した飲食店が立ち並び、労働者の街といった佇まいがあった。むしろ商業施設や地下街が充実した東側の方に開けたイメージがあった。千葉氏が独立開業したばかりの当時も労働者の街という風情が残っており、お客から「どうして川崎駅の東側ではなく西側で開業したのか」と尋ねられたという。

 

「川崎駅の西側は更地になっていて再開発されることを知っていたんです。これから若いファミリーも増えて明るい雰囲気でにぎわっていくだろうと確信していました」

 

千葉氏がこう語るように、川崎駅の西側には2006年9月商業施設のラゾーナ川崎プラザがオープン、中央に芝生の広場を設けた施設づくりは人々の憩いの場所となった。この商業施設は翌年に「グッドデザイン賞」を獲得。また、周辺には新しいビルが建設され近代的な都市機能が備わるようになった。そして住宅が広がっていった。

 

飲食業によって会社の成長を牽引する

DEEDが飲食業に参入したのは2010年1月横浜に出店したことに始まる。2012年11月東京・自由が丘に出店。この店がきっかけとなり、今日自由が丘エリアにドミナントを形成するようになった。

 

DEEDの店舗は現在飲食6店舗、高級食パン専門店「Omochi」5店舗、美容室1店舗、雑貨販売店1店舗となっている。千葉氏は美容師として週に2回サロンに立っている。同店には20年来千葉氏を指名する顧客が存在するからだ。この時に父から言われた「手に職をつける」ということの意義をしみじみ感じるという。

 

美容室で創業したDEEDの業容で飲食業の比重が高くなっていったのは、それぞれの業種の特性が背景にある。美容室は国家資格を有した従業員が勤務していて、ほとんどが独立志向であること。一方の飲食業の場合、従業員は社員とそれを補うアルバイトで運営することができる。このような状況から、「会社の成長を考えた時に飲食業を広げた方がそれを見込むことができる」と千葉氏は考えている。

2019年11月、川崎駅西側にある本部の近くに20坪の物件を取得して、高級食パンのパン工場と販売店を出店した

 

「Omochi」を開業したのは2019年11月、会社本部の近くに20坪路面の物件を確保して、パン工場と物販店を構えた。その狙いは、従業員対策が大きなポイントとなっていた。千葉氏はこう語る。

 

「会社が大きくなるにつれて、女性の社員が増えてきました。これからのキャリアプランを想定すると子育てがあって夜働くことが難しい。いつかは昼営業中心の業種を手掛けてみたいと考えていて、食パンの製造・販売がふさわしいと考えました」

 

「Omochi」の食パンの特徴は、特別な製法を施した小麦にもち粉を配合していて食感が“モチモチ”としていること。厚切りにしてそのまま食べることでその食味を楽しむことができるが、トーストすると焼いた餅のように表面はカリッとして、中はモチモチとした状態となる。数ある高級食パンの中でも特徴が際立っている。

 

「日本の食文化」という重心のある新事業

千葉氏によると、最初から「もち粉」を入れるという工夫は考えていなかったという。では、なぜこのアイデアは生まれたのか。

 

「当社が出店してきた店の名はアルファベット順になっています。最初の美容室の『TypeAB』とは私の血液型がABであることから。それが発端となって、アルファベットの順番で店名を付けていき、高級食パン専門店を開業するのが『O』の番になったから。そこで『Oにちなんだ名前は何か』ということを考えていき『Omochi』となった」

 

このキャッチーな店名から、スムーズに「もち粉」を入れる発想につながり、「日本の食事に合う」ということとなり、「日本の食文化」という偶然にして重心のある新事業に落とし込まれていった。

 

商品は、シンプルな「オモチ」が1斤550円(税込、以下同)、2斤が880円。レッドチェダーチーズを入れた「オモチーズ」1斤880円。たっぷりと小豆を入れた「小豆のオモチ」990円となっている。カフェ併設の店舗では、サンドイッチとして「たまご」「すいーとぽてと」各550円、ホットサンドとして「たまご」600円、「すいーとぽてと」各600円、BCH(ベチホ:ベーコン・チェダーチーズ・ほうれん草)650円、「ツナトマ」680円などがラインアップされている(価格は2021年10月時点)。

サンドイッチ、ホットサンドのバリエーションでメニューを豊富にしている

「Omochi」の2号店は2020年8月にオープン。このオープンにはDEEDの転機となる物語がある。

 

同社では、東京・恵比寿で短期間であるが「GAB」というバルを営んでいた。この店は2011年4月に千葉氏の地元の後輩の独立開業をプロデュースするという形でオープンした。2020年1月にその後輩から営業不振で撤退するという報告を受けて、従業員ごと店舗を買い取った。

 

同社にとって同店の経営サポートは数年前に終了していたが、各分野で活躍する千葉氏の友人を集めてつくり込みをしてきて格別の思い入れがあったという。同店は赤字に転落していたが、コロナ禍で先が見えなくなったことからDEEDでは従業員の雇用確保を優先して同店を買い取ることを決断した次第である。

 

しかしながら、客数は回復することなく同店は5月に閉店。そこで「Omochi」の2号店をオープンして、恵比寿の従業員を同店の勤務に充てた。

 

多店化を想定する新規出店

飲食店の事業は、今年の1月自由が丘に「ピッチャーサワー」をオープンした。同店はドブ漬けした10種類以上の瓶サワーにオリジナルの餃子を合わせるという業態(7坪)。同店では初めて餃子の自動焼成機を導入して、クオリティが一定した餃子が提供できるようにしている。このフォーマットは今後多店化できるように育てていきたいとしている。

 

「当社が展開している飲食店は10坪から15坪くらいで家賃は30万円程度、40万円がアッパー。これ以上にならないようにしている。理由は、独立したいという人に譲りやすいサイズ感だからです。しかし、この分野の競合も出てきた」と語る千葉氏は、会社が成長してきたことから、これらより大きな規模の飲食店にチャレンジしていく意向だ。

 

DEEDの事業は、美容室から始まり、飲食事業に拡大し、高級食パン専門店の販売店とカフェ併設店へと広がってきた。これらは従業員を大切にする姿勢が、時代性に合わせて展開されてきた。川崎と自由が丘エリアという二つの地元に根付いたことから、地元密着で事業をさらに深化させていくことであろう。