「コンテンツ力」の高い飲食店をつくり三等立地で成功する展望に向け邁進

左が 株式会社エイトエナジー代表取締役(CEO) 山口穣氏。右が株式会社M&Co.代表取締役 森智範氏

 

1月22日、東京・浅草の「花やしき」近くに“シン蕎麦屋”をうたった「更科天狐(てんこ)」がオープンした。店舗は木造2階建てで計22坪・32席。一番の特徴は、「分子栄養学に基づいた」という画期的なメニューであること。このメニューコンセプトは、大手町の「梯子(はしご)」(2022年10月オープン)、高円寺の「動悸(ときめき)」(23年8月オープン)、福岡の「魚男(フィッシュマン)」(24年1月にコンセプトをアップデート)、金沢の「おすしと原始焼 金沢 なかむら」(24年2月オープン)、名古屋の「食堂 蝮(まむし)」(24年9月オープン)と先例があって、共に目的来店のお客が利用して、予約が取りにくい繁盛店になっている。「更科天狐」もこれからが注目される。

 

「分子栄養学」に基づいたメニューが目的来店をもたらす

まず「分子栄養学」とは何か。これは栄養素が体内の分子レベルでどのように作用するか、ということを研究する学問で、栄養素の不足や過剰が原因で起こる不調を改善するための栄養療法を行い、健康を増進させることを目的としている。一般社団法人分子整合栄養医学普及協会(本部/北海道札幌市、代表/安藤麻希子)がこの分野をけん引している。

 

この分子栄養学に基づいた飲食店プロデュースを行っている人物が森智範(とものり)氏である(株式会社M&Co.代表取締役)。森氏は福岡市内で飲食店「魚男」を営業するほか、飲食店のコンサルティングを行っている。

 

森氏が分子栄養学と出合ったのは10年ほど前のこと。体調を崩していた森氏が医師の診察を受けたところ、「質的栄養失調」と指摘されたという。外見的にも申し分なく健康体だと思っていた森氏であるが、これまでの「偏った食事」や「添加物の多い食事」を摂取し続けてきたことによって体調不良をもたらしたという。

 

そこで森氏は「分子栄養学」を知ることになる。分子整合栄養医学普及協会の認定アドバイザーである岩本綾子氏と知己を得て、岩本氏監修の元でこの考え方に基づいたメニュー設計を行い、飲食店のプロデュースを行うようになった。そこで誕生した店が冒頭で紹介した「梯子」、「動悸」、「魚男」、「おすしと原始焼 金沢 なかむら」、「食堂 蝮」である。

 

これらのメニューは、簡単な言葉で述べると「食べても太りにくい」「美しさをキープする」効果が期待できるということ。ここに森氏は「食べると勝手にととのう」というキャッチフレーズをつくり、このメニューがもたらす「訴求力のある」「目的来店につながる」飲食店プロデュースに余念がない。筆者もこれらのメニューを体験しているが、食事の後で無加調の特徴である、鼻がスース―するようになる。

250205●2 浅草 1階

「更科天狐」は1フロア11坪の2階建て。1階はオープンキッチンでライブ感がある

蕎麦の伝統に斬新なアイデアを取り入れた“シン蕎麦屋”

「更科天狐」を営むのは株式会社エイトエナジー(本社/東京都港区、代表/山口穣)。同店がオープンした背景には、ここの物件オーナーとの「実験的な取組みと大いなる展望」が託されている。この部分は後述する。

 

同店のメニューは、「伝統の蕎麦や蕎麦前を現代的に再構築して、健康バランスを意識した料理をおいしく提供する」ことをコンセプトとしている。“シン蕎麦屋”を名乗る背景がここにある。業種として「蕎麦屋」を選択したのは「伝統的でありマーケットが大きいことから」(山口氏)。そして、蕎麦は低糖質でグルテンフリーであることから「食べると勝手にととのう」世界との親和性がある。さらに、「蕎麦名人」の永山寛康(ひろやす)氏がブレーンとして加わり「伝統的な蕎麦のメニュー力」を高めている。

250205●3 浅草 そば前

食事の前につまみとしていただく「名物!天狐の定番蕎麦前盛り」1人前1650円(2人前から)。シュールな装飾が印象深い(画像は盛り付けの準備中)

そばは店内の圧縮機で製造され、クオリティが安定した蕎麦がクイックで提供される。スープは「クラシック」と「モダン」の2本柱で構成。「クラシック」では、麺を「さらしな」「十割」「玄引き」の3種類から選ぶ。「モダン」のつゆには、ボーンブロス出汁に塩生姜を利かしたもの、鶏白湯に煮干しの旨味を重ねたもの、カレーといったバラエティで、インバウンドに「ラーメン」としてアピールする意向だ。

250205●4 浅草 鴨芹

「鴨芹そば」3025円(画像のポーションは通常のハーフサイズ)。そばは「クラシック」と「モダン」に分類され、「クラシック」は江戸風の濃い味付けで、出汁を好みの量を加えていただく。

 

メニューの品目数は以下の通り。

・「おそば」の「クラシック」8品目(せいろう蕎麦990円~鴨芹そば3025円)

・「モダン」6品目(塩生姜おかめ蕎麦1925円~毛蟹蕎麦10945円)

・「おつくり」5品目(特上炙り牛タン刺し 燻製醤油1650円~尾崎牛と氷見鰤のあて巻き3080円)

・「蕎麦前」7品目(焼きそば味噌ナッツ550円~名物!天狐の蕎麦前盛り1人前1650円〈2人前から〉)

・しゃぶしゃぶ(野菜付き)2品目「和牛ミスジしゃぶ4950円、特上牛タンしゃぶ4180円」

・「逸品」10品目(揚げ獅子唐葡萄七味990円~対馬産煮穴子の炙り2695円)

・「揚げ物」4品目(芝海老と百合根の天ぬき825円~海老真丈揚げ1045円)

・「酒肴」4品目(かつを酒肴495円~炙り明太子715円)

・「焼き物」12品目(鴨つくね1個660円~和牛サーロイン2145円)

・「ひとくち鮨」5品目(生マグロの手巻き715円~尾崎牛といくら1045円)

・「罪悪感のないスイーツ」5品目(自家製豆乳ピスタチオジェラート〈糖質50%オフ〉660円~あなたの為に握ります“開運一期大福”1100円)

 

ドリンクは「蕎麦屋のカクテル」「サワー」「ハイボール」「ビール」「日本酒」「焼酎」「自果実酒」「中国茶」「日本茶」「クラフトジュース」という具合。フード、ドリンクともにラインアップが充実している。

250205●5 浅草 メニュー全体

メニューの中に「毛蟹」や「尾崎牛」など、インバウンドが食べてみたい高級食材も取り入れている

大家も店子もウィンウィンとなる仕組み

さて、「更科天狐」には物件オーナーとの「実験的な取組みと大いなる展望」については、同店が開業にいたった背景から述べておきたい。

 

同店を運営するエイトエナジー代表の山口氏は、飲食業を起業することを志してキャリアを積んできた。まず、新卒で株式会社レインズインターナショナルに入社。同社は「牛角」をはじめ数々の飲食ブランドを展開していて、ここで店舗運営を学んだ。その後、G-FACTRY株式会社に移り、金融から、商品、採用、税務等々、飲食業の営業に関わるありとあらゆること学んだ。そして2013年に同社を退職して、田町に10坪のビアパブをオープンした。

 

それ以来、飲食店の運営、店舗物件の開発、飲食事業の譲渡・斡旋、M&Aの仲介など「飲食業において無限のシナジー効果を発揮することを目指して事業を推進してきた」(山口氏)。

 

さて、同社の取引先の一つである不動産業の株式会社D・R・M(本社/東京都港区、代表/住谷英一)が、浅草に事業用施設として木造2階建ての施設を建てた(これが後に「更科天狐」となる)。山口氏はD・R・M代表の住谷氏から、この施設の活用について相談を受けて、さまざまなアイデアを提案した。しかしながら、住谷氏は「なんか、違うんだな~」と。「そういえば、山口さんは飲食業を営業していたね。ここで飲食店をやってみたら……」と誘いを受けた。

 

山口氏はこれまで飲食店を9店舗営んでいたが、店を順次閉めて来て、コロナ禍によって飲食店経営から撤退したという苦い経験がある。飲食業を営むことの難しさを熟知している。そこで「飲食店は怖くてできない」と断った。

 

一方の、住谷氏のフィールドである不動産業でも悩みを抱えていた。テナント入居者の営業状況が厳しくなると、空きテナントが増えていく。そこで、住谷氏は山口氏に、「不動産業者にとっても飲食業者にとってもウィンウィンになる道を模索しよう」と相談を持ち掛けた。

 

それに対し、山口氏が提案したプランはこのような仕組みであった。

「店舗物件の初期投資、つまり不動産取得費、オープンするまでに生じる空家賃、内装設備費を物件オーナーが負担してくれると、飲食店を営業する店子としては商売がやりやすくなりますね」と。

 

「協力してくれる物件オーナーに対して、どのように恩返しできるのかということを考えています。近隣の家賃相場よりも高くお借りさせていただくことで恩返しをさせていただきます。さらに、ある一定の売上を超えた部分については、歩合賃料をお支払いすることでさらに恩返しができると考えました。商業施設ディベロッパーとの契約のような内容ではなく、あくまでも物件オーナーという立場から事業を応援していただけるようなスキームになっています」

 

エイトシナジーとしては、イニシャルコストと不動産取得費が免除されて、相場より若干高い家賃を支払って、飲食店の物件を獲得することができた、ということだ。

 

「コンテンツ力」によって三等立地でも成立できる

そこで課題となったのは、「どのような業種の店にするか」ということ。「ここには強烈なコンテンツが必要だ」と考えた。

この業種づくりを検討していたときに巡り合ったのが「分子栄養学」に基づいた「食べると勝手にととのう」飲食店をプロデュースする森氏であった。

 

山口氏は、高円寺の「動悸(ときめき)」で同店の食事をして、森氏と面談して、同店が持つ目的来店につながる強烈なコンテンツ力と、森氏が描く「強い個店をつくる」という世界観に大いに共鳴した。こうして「食べると勝手にととのう蕎麦屋」の「更科天狐」が誕生した。

 

ここからが「実験的な取組みと大いなる展望」となる。山口氏はこう語る。

「この店が集客に成功すると、地方都市の三等立地を『繁盛する立地』に育てることができる。駅前一等立地の物件はメリットが大きいが、物件の仕入れの競合が激しい。一方の三等立地を取得しようする業者はいない。それは入居する人がいないと考えているから。しかし、コンテンツ力のある物件であれば、三等立地でも成立するはず。その仕組みを『更科天狐』で検証していく」

250205●6 浅草 2階

2階は和風モダンでテーブル席で構成している

筆者が山口氏の取材をしたのは1月27日で、オープンして5日目のこと。

「お客様の反応がとても良いと感じている。これからしっかりとした接客を継続して、浅草でご商売をしているさまざまな方々、人力車、ホテルのコンシェルジュ、着付け屋さん等々でクロスクーポンを展開していきつつ、インフルエンサー等でクチコミを展開していく。これからのスケジュール感として、8月ごろに店の形を完成させて、来年の今頃には客単価7000円、坪月商50万円を目指す」

 

山口氏はこう語り、集客の在り方を好立地に依存するのではなく、「コンテンツ力」で繁盛する店をつくることによって、物件オーナーも、町のすべての事業者にとってもウィンウィンとなる道筋づくりに邁進している。

tetsuyuki_chiba
千葉哲幸(ちば てつゆき) 外食ジャーナリスト 『月刊食堂』(柴田書店)編集長と、そのライバル誌の『飲食店経営』編集長(商業界、 当時)を歴任するなど、外食産業記者歴40年。2014年7月よりフリーランス。外食産業の 歴史を語り、最新の動向をレポートする。取材、執筆、書籍プロデュース、セミナー活動 を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)。 ■メール:chibatetsuyuki@gmail.com
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千葉哲幸(ちば てつゆき) 外食ジャーナリスト 『月刊食堂』(柴田書店)編集長と、そのライバル誌の『飲食店経営』編集長(商業界、 当時)を歴任するなど、外食産業記者歴40年。2014年7月よりフリーランス。外食産業の 歴史を語り、最新の動向をレポートする。取材、執筆、書籍プロデュース、セミナー活動 を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)。 ■メール:chibatetsuyuki@gmail.com