連載 「ゴーストレストラン」が飲食業にもたらす価値とは? 第2回 TGAL(東京・千代田区)

赤字続きの高級ハンバーガーショップが「出前」で成功

「ゴーストレストラン」の先駆けとされている会社に株式会社TGAL(テガルと読む)がある。

同社がゴーストレストランを事業化することになったのは、2015年7月にハンバーガーショップの「バーガーズカフェ グリルフクヨシ」神保町店を立ち上げたことがきっかけである。

同社では高級ハンバーガーチェーンの「Shake Shack(シェイクシャック)」が2015年11月にアメリカから日本にやって来ることを察知して、神奈川・相模原でハンバーグレストラン「グリルフクヨシ」にレシピ作成を依頼し、1個1000円の高級ハンバーガーを販売した。しかしながら、実店舗だけでは月商300万円を超えることができなかった。クオリティの高い素材を使用していることから原価率も50%程度となり、赤字が続いた。そこで「出前」で出数を増やす方法を思い出し、2015年の暮からデリバリーを手掛けるようになった。

 

最初は自転車で500m圏内、1㎞圏内、そしてバイクに切り替え1.5㎞圏内と拡大。さらに近隣の有名店のオーナーに掛け合い、デリバリー可能なブランドを増やしていったところ、デリバリーの売上は400万円となり、神保町店の売上はいつしか800万円を超えるようになった。こうして同社独自にゴーストレストランの仕組みを整えていき、2017年6月に現在のメイン事業となる「TGALデリバリー」芝浦店をオープンした。

「アボカドクアトロチーズバーガー」1350円と「バナナと苺のスムージー」702円(以上、税別)、神保町店にて
神保町店がある神田猿楽町の一帯は、安くておいしい人気店が多い飲食ゾーンでもある

事業化して5年、ブランド拠点数がただいま約3000店舗

現在、同社の事業は次のように3つで構成されている。

まず、「TGALデリバリー」の直営店16、FC54。「MR弁当」の法人がFCで7。TGALデリバリーを除いた協力会社によるゴーストレストラン146。これらの協力会社は主にWeb上で販売をしている。また、同社はブランドを80所有していて、協力会社が自社で運営する既存の実店舗をブランド拠点として活用しており、その店はそろそろ300店舗を超える。Web上のバーチャルレストラン(VR)においては、ブランドごとに拠点とする店舗が約3000店舗となる(10月上旬現在)。空中系で商いをするレストランの数としては日本の中で圧倒的に多い。このような数になるには、一つの店舗で複数のブランドを営んでいる事例が多いからだ。

さらに、海外での「TGALデリバリー」事業がある。現在シンガポールに2店舗あり、今後積極的に推進していく構えだ。

※同社の海外出店について、本サイトの姉妹サイト「教えてASEAN」で株式会社TGALの代表取締役・河野恭寛氏にインタビューさせていただきました。ぜひ、そちらもご覧ください→「TGAL」TOP INTERVIEW

 

ちなみに前述の「MR弁当」とは、製薬会社の医療情報担当者がドクターに新薬の説明をする際のランチタイムに食べてもらう弁当のこと。1個当たりの価格の上限が3000円と決められているが、単価が高く、1回に10個前後とまとまった数量となる。全国に300億円の市場があるとされている。

 

TGALデリバリーは1配送(1組単価)3000~3500円あたり。法人で2万円から2万5000円、VRは2000円となっている。FCのロイヤリティは1店舗あたり一律5万円。VRの場合は売上の5%となっている。

同社のミッションは「新しい食文化を創造する」、ビジョンは「地域の食を世界にディストリビュートする」ということ。前述した事業内容から、煩雑に思われるかもしれないが、これをミッション、ビジョンで整理すると同社の事業は一貫していることが理解できる。

 

そもそもゴーストレストランとは「新しい食文化」である。同社が保有するブランドは80で、うち半分は実際に店舗があり(ブランドを提供する協力会社を含む)、しかも有名店である。そして、創業のブランドである「グリルフクヨシ」は、神奈川・相模原の「グリルフクヨシ」が元となり、「この商品を神保町の人に食べてもらいたい」という想いで始めたことだ。これが「地域の食を世界にディストリビュートする」というビジョンの第一歩となった。

 

例えば、ある地方都市の消費者が、「横浜の名店と言われる〇〇というラーメン店のラーメンを食べてみたい」という動機を抱いたとする。その人は横浜の実店舗に来ない限り、希望のラーメンを食べることができない。しかしながら、そのラーメン店のブランドを持つTGALデリバリーの店舗が近くにあれば、遠方にいながら希望のラーメンを食べることができる。このように全国にチェーン展開していない個店、話題の商品という希少性をディストリビュート(配送)することに、TGALデリバリーの求められる理由が存在する。

 

同社が保有するブランドのメニューは、本家本元を再現する技術を持った協力工場で二次調理まで済ませて、冷凍などの状態でそれぞれの店舗に配送する。店舗では煮る、焼く、温めるなどの最終調理をしてデリバリーを行う。このような仕組みによって、ブランドの拠点(直営・FC・法人・VR・海外)では高度な料理技術がなくてもぶれることなく同じクオリティの料理を提供することができる。

 

営業は「デリバリーだけ」、注文は「ネット上だけ」

TGALではTGALデリバリーを展開する過程で、最も投資回収の早いパターンを探るために、「イートインとデリバリー」「デリバリーとテイクアウト」「デリバリーだけ」という具合にさまざまな売り方を試みた。その結果、「デリバリーだけ」の店が最も効率がよいと判明し、現在のTGALデリバリーのほとんどは「デリバリーだけ」で営業している。

デリバリーのキャリアはUber Eats(以下、ウーバー)や出前館などだが、TGALデリバーの直営店・FC店はオーダーをウーバーが受けて、デリバリーは自社便で行う。法人も同様だ(VRのみデリバリーキャリアが行う)。このような形でデリバリーコストを下げることができている。またこの部分にミステリーショッパーを導入していて、商品を届けるときのおもてなしのブラッシュアップにつなげ、デリバリーキャリアとの差別化を図っている。

 

直営・FCの出店に際して家賃比率は4%以下と想定している。これでは当然これまで常識とされた飲食店の立地から外れるが、一般的な家賃比率10%以内との差の6%が配送コストとして想定されているとも言える。

 

注文は、すべてネット上で行っている。電話注文の場合は、電話がかかってきて、商品や注文個数、名前・住所を聞いてとなり、それだけで10分程度時間が取られる。そして、注文が間違っていたりする場合もある。とても非効率であり、この間に同時進行でさまざまな注文をこなすことが可能となるため、電話注文を止めた。

このような体制で、1店舗あたりデリバリーも含めて3~5人で運営している。

池袋店(直営)の外観。池袋から徒歩15分程度の距離にある。店にとって重要なことは、店前通行量ではなく、住宅街の人口である

同じ商品でも店長裁量で価格を自由に決められる

さて、TGALの事業モデルの下には地域戦略が存在する。

同社では店の営業時間、ブランド選定、価格、これらのすべてを現場に任せている。直営店の場合は、「次月の事業戦略、プロモーション戦略、導入するブランドを考えて決める」ということを店長が行っている。河野氏はこう語る。

 

「これまでのチェーンレストランは、”決められた料理”を”決められたマニュアル”に則ってつくり、”決められた価格”で販売するというものでしたが、決められたとおりにやってもうまくいきませんよ、というのがわれわれの会社」

この考え方の根底には、「ビジネスとは何で決まるか。それは需給バランス以外のなにものでもない」(河野氏)という発想がある。

 

TGALデリバリーの隣に同じようなハンバーガーショップがあっても、それに対してTGALの商品が差別化されていて需要があると判断されれば、300円高く販売しても構わない。営業時間も同様。3時間で利益が出るのであればそれでもいい。このときの基準となるのは、競合店をちゃんと見ながらどのポジションで戦っていくか、ということだ。

 

商品ごとにレシピが存在していて、同じ商品だが店によって価格設定を2000円でも3000円でも自由に決めることができる。そこでFCオーナーは、「”地元の事情にとても詳しい人”よりも、”マルチタスクの能力がある人”が向いている」(河野氏)という。

このようなことから同じ店でも、店長によっては売上が300万円ほど変動することがあるという。

 

ただし、店舗あたりが営業するエリアは決められている。TGALデリバリーのモデルは3㎞以内で世帯数10万人としている。

 

取材中に河野氏はこのような言葉を繰り返して述べた。

「われわれは、考えて考え尽くして、変化を創造して、結果にこだわる」

 

新型コロナ禍によって飲食業界にはパラダイムシフトが起こりつつある。ウィズコロナの時代に入り、TGALが抱くミッション、ビジョンは、より磨かれてスピード感をもって展開されていくような気配を感じた。

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