おいしいビーガンフードを通じて健康や環境への意識変化を導く「T’s レストラン」【飲食業界×SDGs】

ベジタリアンやビーガン(※1)向けの料理はあまりおいしくなく、日常的に口にする食事ではないという印象の方が多いかもしれません。そんなイメージを払拭し、多くの方にとって日常的な食事の選択肢として取り入れてもらえるよう発信を続けている飲食企業があります。

それは、東京・自由が丘にて肉・魚介類・卵・乳製品などの動物性食材を一切使用しないレストランなどを運営するTOKYO-T’s株式会社です。

健康だけでなく、環境問題にも影響を与えるという点でSDGs(※2)とも関連の強いビーガンフードに関する取り組みについて、同社の代表取締役 下川祠左都(まさこ)氏と、取締役 下川万貴子氏にお伺いしました。

(※1)ビーガンとは肉、魚、卵、乳製品のような動物性の食品を一切食べない人のこと。肉類が各家庭の食卓に届くまでには、家畜の生育過程で大量の穀物を必要とし、多くの水、土地を利用する。加えて家畜は排泄する際に大量の二酸化炭素を排出。野菜が食卓に上るまでに必要なエネルギー消費量や二酸化炭素排出量は食肉よりも少ないことから、ビーガンフードは環境に優しい食事スタイルと言われている。

(※2)SDGsとは、世界で取り組む必要のある課題解決のために、2030年を期限に計17個の国際目標を定めたもの。環境問題やジェンダー平等、貧困などの課題が目標として設定されている。

ビーガンについて詳しくはこちら→SDGs達成に向けて飲食業界ができること-目標15.陸の豊かさも守ろう-

自身の経験からベジタリアンフードの魅力を発見

―ベジタリアンフードに関心を持たれたのはどうしてですか?

下川祠左都氏(以下、祠左都氏):知人が病気によりベジタリアンフード中心の食事をすることになったのですが、その話を聞いた際にベジタリアンフードは健康にも良いと教えていただき、植物性の食材に興味を持ちました。どんなものがあるのだろうと思い、家で試すことにしました。

ベジタリアンフードの食事を続けていると、家族の目覚めがよくなったり、低血圧が改善されたり、胃もたれしなくなったり、健康に関する変化がみられるようになりました。ですが、植物性食材のみでつくった食事はやはり味気なく、食事中の家族の会話があまり弾まなくなってしまいました。

下川万貴子氏(以下、万貴子氏):祠左都は私の母なのですが、ベジタリアンフードが食卓に並ぶようになった当時私は高校生で、最初はやはり食事を味気なく感じていました。そんなある日食卓にミートソースが並び、久しぶりのお肉だとうれしくなったのを覚えています。食べ始めると母が「実は、ミートソースのお肉は高野豆腐だよ」というのです。私も含めて家族が驚き、久しぶりにとても明るい食卓となりました。

それからは、母が工夫して調理を行い、家族が何の材料でできているかを推測するという楽しい夕食に変わりました。

 

―ベジタリアンフードが家族のコミュニケーションになったのですね。

祠左都氏:そうです。植物性の食材は工夫次第でおいしくなるばかりか、家族に楽しい食事を提供してくれるようになったのです。知人家族を含め、ベジタリアンフード中心の食事は味気ないと考える人々がたくさんいることを残念に思うようになりました。

本来食事は五感をフルに使って楽しむものです。しかし、ベジタリアンとお肉を食べる方、両方が満足できる食事をするというのは、特に外食では難しい印象でした。ベジタリアン向けの食事はお肉を食べる方にとって物足りなく感じられ、一般的なレストランではベジタリアンが食べられるメニューはサラダくらいという状況です。

どのような食事スタイルの方も一緒に楽しめる場が、もっと必要であると感じるようになりました。

また、家族で便秘解消や胃もたれに改善がみられたり、体が重くならない体験などからも食を通じて健康を伝えていきたいという思いも膨らんでおり、レストランを出店することにしました。

 

―出店されたレストランについて詳しくお伺いできますか?

祠左都氏:出店したのは、肉、魚、卵、乳製品などの動物性食材を使用しないけれど、誰もが食事を楽しめることを目的とした「T’s レストラン」というお店です。動物性食材を使用しないことでベジタリアンとビーガン、宗教的背景や病気などで制限がある方などが同じ料理をいただけます。メニューを豊富にし、おいしい料理を提供することで、お肉を食べる方も満足できる、誰もが一緒に楽しめるレストランにしました。

食事を楽しんでもらうことに重点を置いていたので、老若男女問わず誰もが満足できることを意識したファミリーレストランのような多様なメニューを用意しました。

特にベジタリアン、ビーガンフードはおいしくないというイメージを持っている方が多いので、当店の食事を通じて驚き、感動を得てほしいと思っています。その「驚き」によって“心が開く”と考えています。

おいしいビーガンフードを通じてお客様の“心を開く”

―“心が開く”とはどいうことでしょうか?

万貴子氏:新たな考え方や価値観を広げる、といった意味です。例えば、健康への意識が高まる、週に1日ノーミート(肉を食べない)の日を設ける、ビーガンフードを食事の一つの選択肢として取り入れるなどです。おいしいビーガンフードを食べてもらうことで、考え方に影響を与えることができると思うのです。

おいしさを追求することはもちろん、当店で驚きを体験してもらえるよう考えて運営をしてきました。

代表取締役 下川祠左都氏(写真左上)、取締役 下川万貴子氏(写真右上)とお客様

―どのような驚きを体験できるのでしょうか?

万貴子氏:例えば、当店ではメニュー上に記載はありますが、ビーガンフードであることを前面的にうたっている訳ではありません。私のミートソースの体験のように食べてから聞くと、より驚きが増すと思うのです。そのような観点から、私が店舗に出るときは積極的にお客様と会話して、使用している食材をお伝えするなど、強く驚きを感じてもらえるようにしています。どのようなタイミングでお声掛けすれば驚きが強くなるか、現在でも試行錯誤をし続けています。

当店が、皆さまの“心が開く”きっかけの場所になればと考えています。実際にビーガンフードのデビューの場になっていることもよくあるようです。

ただ、多くの方にとってレストランは毎日通う場所ではないと思います。そこで、気軽に短時間で食べることができて、食事スタイルに関わらず、老若男女に日常使いとしてご利用いただける担々麺専門店「T’s たんたん」もあります。気軽にビーガンフードを生活に取り入れていただきたいと考えています。

T’sたんたん外観
T’sたんたん外観。東京駅、上野駅、池袋駅エキナカにあり、多くの人に利用されている
T’sたんたんメニュー
金胡麻たんたん麺、全部野菜の焼き餃子、雑穀ごはん。多くの人のビーガンフードを取り入れるきっかけとなっている。

―実際に老若男女、さまざまなお客様がいらっしゃっているのでしょうか?

万貴子氏:ベジタリアンフードやヘルシーな食事に対する意識が高いのは女性というイメージがあるかもしれませんが、男性のご利用も多いです。ベジタリアンやビーガンだけでなく、お肉が好きな方にもご来店いただいています。

先日お客様と会話をしていると「前日たくさんお肉を食べたから、今日はT’sの担々麺を食べようと思って来た」と仰っていました。当店の取り組みが健康への意識につながっていると感じた瞬間でした。

現在、ビーガン担々麺などのカップ麺販売も行っていますので、そちらをきっかけに知っていただくこともあるなどたくさんのお客様にご利用いただいています。

ビーガンカップ麺
ビーガン対応のカップヌードルの販売を行う

食を通じて健康や環境問題への意識改革を発信

―飲食店運営に限らず、カップ麺の販売などもされているのですね。

祠左都氏:はい、当社は「だれでも、いつでも、どこでも」をテーマにした「Smile Veg Project」を行っています。これは、誰もが笑顔になれる、健康、環境、地球に配慮を行った取り組みをメジャーにするという活動です。現在3つの方向から取り組んでいます。

一つ目は、ベジタリアン、ビーガンフードを食べられる場所を増やすこと。当社の飲食店の展開がこちらの取り組みに当たります。

二つ目は、ベジタリアン、ビーガンフードをライフスタイルの中に取り込んでもらうこと。こちらが手軽に簡単に食事できるビーガンカップ麺の販売などです。

そして、3つ目はこれらについて考えるきっかけを増やすということです。

 

―「考えるきっかけを増やす」とはどのようなことでしょうか?

祠左都氏:食育です。健康、環境、地球への配慮を自分ごととして感じることが必要であると考えています。現在はこの一環で当社監修のビーガン対応カレーを学校給食で提供しています。2015年に開始し、多い時には一度に約2万2000食を提供しました。

ビーガンフードは環境問題、食料危機、タンパク質不足、食の多様性、そして健康などさまざまな分野でいい影響を与えることができるものです。

例えば、カレーを調理した鍋は通常、油でギトギトですが、ビーガン対応メニューの場合は水洗いできれいになるほど油分が少ないです。洗った際の汚水の量を少なくできるので、環境にもいいです。

また、排水溝のぬめり汚れやつまり、臭いは主に油分が原因です。油分を多く摂取するということは、このぬめり汚れなどが体内にたまっていくようなものです。

このようなことを併せて伝えることで、より自分ごととして捉えることができると思います。現在はSDGsなどに関しても学校で授業があるようですが、食事を交えることで、環境問題や健康について自分ごととして子どもたちに体験してもらうことができます。

ビーガン対応学校給食の様子
ビーガン対応のカレーライスを学校給食にて提供

―その他関連して行っている取り組みはありますか?

万貴子氏:ベジタリアンフードを身近に感じてもらえるよう、新たな取り組みを4月から開始しました。例えば、ミートフリーマンデー(※3)として月曜日に割引の実施やSNSで発信してくれた方にもサービスを行っています。

このような取り組みを通じてビーガンフードを身近に感じてもらい、そして、おいしいからまた行きたい、と思えるきっかけにつなげていきたいです。

(※3)ミートフリーマンデーとは、地球環境保護、動物愛護などの観点から週に一度月曜日は肉を食べない日にするという、イギリスから始まった世界的な運動。

 

―今後の展開はどのようにお考えですか?

万貴子氏:おいしいビーガンフードを提供し、驚いてもらえる飲食店を増やすことです。併せて、おいしいビーガンフードを手軽に身近に得られるようにすること、食事が健康や環境に与える影響を発信していくことなど、食を通じて伝えられることを最大限取り組みたいです。

今後は自店での発信に加えて、社員食堂や学校給食での提供の拡大、他社飲食企業や自治体などともコラボレーションを行い、共創していきたいです。環境問題や気候変動の緩和、健康や食の多様性の創出にもつながるなど、食べることを通じてSDGsに貢献できるという発信を強めていきます。