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外食企業の社長就任予定から転じて地域密着型で起業
コロナ禍でリモートワークが増えたことにより、飲食店の立地として住宅街の存在感が増している。しかも、比較的都心に近い駅にある住宅街であれば、都心での飲食店の経験値が高いお客が住んでいて、これらの人たちから一度評価されると熱いリピーターとなっていくことであろう。
筆者は7月暮に友人から「経堂に『今日どう?』(きょうどう)という店があって、これがよく繁盛している」という話を聞いて、がぜん興味を掻き立てられた。それは何ともユニークなこの店名である。中高年以上では持ちえないセンスであろう。
同店は2019年12月1日にオープン、小田急線・経堂駅から東方面に150m離れた商店街の路面にある。白と黄色の二層で構成された暖簾が斬新だ。これも飲食店の価値観をよく理解している人ならではの表現である。15坪30席の規模で、たちまち地元の人々から注目されるようになり、初月に600万円を売り上げたという。
目次
2000円のコースメニューに記憶に残る仕掛け
「酒ワイン食堂 今日どう?」のオーナーは30代の綱嶋恭介氏(1981年9月生まれ)で、後述するが前職での外食企業体験が綱嶋氏の起業に大いに生かされている。
同店の看板メニューは「豚の角煮串」「牛ほほ肉の煮込み串」でそれぞれ1本380円、フードメニューはこの他「お酒のお供」「野菜」「魚」「逸品」「〆もん」「デザート」のカテゴリーで中心価格帯が500~600円となる39品目をラインアップしている。ドリンクメニューは、ワインがグラスで「泡」「白」「赤」、日本酒、ビール、クラフトビール、ハイボール、梅酒、レモンサワーと満遍なく全体で約30品目を取りそろえている。これらの価格はほとんどが400円台、500円台で、安心して注文できる。
フードメニューで目を引くのは2000円のコースメニュー(8品)。友人から「メニューのお薦めは『豚の角煮串』」と聞いていたが、いろいろなものを食べてみようと思いこのコースメニューにした。品数が豊富ながらも「2000円」という価格設定がうれしい。
おまかせコースのメニュー内容(8月上旬取材時点)は、「おつまみ」(陽気なピクルス)、「前菜」(今日どう?ポテトサラダ、焼きなすと香味野菜のおひたし)、「逸品」(よだれ鶏)、「煮込み1」(豚の角煮串)、「煮込み2」(牛ほほの煮込み串)、「揚げもん」(じゃがいものフリット)で、同店のエッセンスと言える構成だ。特に最後のじゃがいものフリットはディップとして日本酒「東一」の酒粕を使用していた。これは強烈に記憶に残った。
デリバリーによってコロナ禍でも黒字を確保
ドリンクのユニークな特徴として、お客は⾃分でキリンのタップ・マルシェによる4種類のクラフ
トビールを注ぐことができる。また、ワインはリーチインクーラーに入れてあり、従業員によるお勧めコメントが添えられていて、お客がお好みでピックアップすることができる。
店内営業の他に、Uber Eatsによるデリバリーも行っている。メニューは「煮込み串」「ミックスフライ」などを弁当にしたもの、「おつまみ」は白ワインや赤ワイン、クラフトビールに合う3点盛り。これらに合わせてフルボトルワインや200mℓでの日本酒も販売している。テイクアウトもお客からの要望で適宜行っている。
これらの売り方に取り組むようになったのはコロナ禍がきっかけである。休業をしたのは4月4~12日、それ以降は東京都の自粛要請に合わせて営業した。Uber Eatsは4月末に許可がおりて5月のゴールデンウイーク明けから稼働を開始した。店内には来客数が少なかったものの、Uber Eatsが3割、テイクアウトが1.5割の売上をつくりだし、5月の営業は黒字になった。
「Uber Eatsやテイクアウトのお客さまから、メニューについてご意見をいただくことがあります。それによって、味付けや盛付を変えたりアイデアを凝らすことにつながりました。また、コロナ第2波といった緊急事態に備える機能を持つことができたことは大きな意義があると思います」(綱嶋氏)
売上は7月の段階で350万円となり1月の実績480万円に対して7割のレベルに挽回した。このように出店して間もない店ながら復活が早いのは、同店の存在が地元の人に認められているからであろう。
エー・ピーカンパニー事業部長の経験を生かす
オーナーの綱嶋氏は、学生時代より飲食店でアルバイトとして働き、卒業後は飲食業界の派遣会社に所属して各社の店長を歴任した。2006年異動3回目でエー・ピーカンパニー(以下、AP)が運営する「塚田農場」の前身の業態、そちらの川崎店店長として派遣され、後にAPに入社。営業本部長、執行役員と昇進し、佐藤可士和氏プロデュースの「焼鳥つかだ」「Na Camo Guro(なかもぐろ)」といったミドルアッパー業態(5000~1万円)の事業部を担当していた。
このような業態に関わることは綱嶋氏にとって初めてのことであった。そこで必要な知識を学び、ソムリエの資格も取得して経験を積んだ。APとしてはこれを子会社化することを想定し、綱嶋氏は2018年の春よりその会社の社長となるための活動をしていたが、元々起業することを目指していた想いがよみがえって、独立を決意した。
開業する店のイメージは、駅から5分以内、間口が広く、路面であること。さらに恵比寿、五反田あたりを想定していた。しかしながら、これらの物件に巡り合うことがなく、見つかっても条件が合わなかった。
そんな中でAP当時に一緒に働いてくれたアルバイトさんが不動産業に務めていて、「経堂エリアに綱嶋さんが探している物件があるのでは」と紹介されたのが現在の物件であった。駅近くのスーパーマーケットのワイン売場をのぞいたところ品ぞろえが充実していたことから、ソムリエとしての技能を生かせる客層が存在すると確信して、ここに出店することを決めた。
綱嶋氏はAP時代での経験から「焼鳥とワイン」の店を想定していたが、この物件で唯一のNGが「炭火を使うこと」だった。そこで焼鳥を断念。このころ取引のあった精肉業者より「煮込みに適した豚肉がある」と紹介されて、「それを商品化してみよう」とひらめいた。加えてさまざまな肉料理を研究してみたが、現在の二大看板メニューに収まった。
現在は木曜日を定休日として、平日17時~、土日15時~の営業。オープンしてから9カ月以上を経過して店の存在が知られるようになり、地元の人だけでなく小田急線・経堂駅の近郊駅から来店してくれるお客も増えてきた。
土日には、15時の開店と同時に40代50代の夫婦が赤白のワインボトルを空けて軽い食事と会話を楽しむという光景も見られるようになった。このような場合は客単価6000円を超える。フルボトルの価格は2800~4000円あたりを基本にしているが、最近ではワインの経験値が高いお客が増えるようになり、「クラシカルなブルゴーニュを求められたりすることがあるため、お客さまのご要望を考えて取りそろえることも増えてきた」(綱嶋氏)という。
前述した400円台、500円台というドリンクの価格は、「お客さまが初めて注文してみて好みに合わない場合でもガッカリ感は軽度で済む」(綱嶋氏)という発想から設定されたものだが、リピーターとなって同店の品ぞろえの見識が高いことに気付くと、自分の好みを店側に伝えてサードプレイスのように利用するお客も多い。家庭とはまた一味異なるくつろぎの場所である。
「酒ワイン食堂 今日どう?」はすっかりと「経堂」の人々になじんでいるようだ。綱嶋氏は今後経堂でのドミナント展開をしていくことを想定しているということだが、想定通りに進んでいくと経堂は「綱嶋カラー」が浸透した温もりのある飲食の街となっていることであろう。