生産性を高めるために客単価を順次アップ、常連客から受け入れられる
筆者は還暦を少し超えた人物。仕事柄一人で飲食店を訪ね歩いていて、その店に抱く印象はさまざま。そんな中ここで紹介する「ワインとクラフトビール はるばる」(以下、はるばる)には、まったく違和感を覚えることがなかった。居心地がよかったということだが、アイキャッチの人物、オーナーの岩崎暁氏へ取材を進めていくことでその理由が分かりかけた。
「はるばる」はJR立川駅の南口から徒歩5分程度、多摩モノレールの立川南駅からは1分とかからない場所にある。立川は、伊勢丹や髙島屋S.C.のある北口側は商業地として大きく開けているが、南口側は駅前から飲食店が連なっていてすぐにも住宅地に入っていく。
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「ワインバイキング」を名物に育てる
岩崎氏は1978年5月生まれ、東京都昭島市の出身。学生時代に飲食店でアルバイトを行い、その後このエリアで展開する飲食企業に勤務していた。2011年に独立して「はるばる」を5月にオープン。出店場所として都内中心部を探していたが、このエリアに定めたのは東日本大震災がきっかけ。「地元で商売をしよう」という判断に至った、32歳の当時である。15.5坪で店内28席、店頭にも数人が座れるスペースがある。客単価は5000円。この客単価となった背景に同店の今の持ち味を醸成してきたストーリーが存在する。
同店のサブネームは現在「ワインとクラフトビール」だが、オープン当初は「串焼き&鉄板酒場」であった。客層は自分と同年代を想定して客単価3300円に設定した。岩崎氏が前職の店長時代に一緒に働いていた本宮諒介氏も立ち上げメンバーとなり、才に長けた本宮氏が店名やロゴづくりにも参加してくれた。岩崎氏のニックネームは「ハル」、そこで「ハルのBAR」ということ。“遠方からやってくる”という意味の「遥々」にもかけた、よく考えられた店名である。
さて、開業したばかりの当時は前述の通り客単価3300円でお客を回転させて売上をつくることを想定していた。しかしながら、お客は思うように埋まらない。常連客から「こんなにたくさんの客席は必要ないのでは」とアドバイスされるようになり、現在の看板メニューである「ワインバイキング」を始めることにして、ワインを置いておくスペースを客席から転換して設けた。この提供方法が話題となり、リピーターが増えるようになった。
このワインバイキングは現在「名物ワインバイキング」という名称となり2500円。ラインアップされているワインは、赤・白・ロゼ・泡・サングリアで22種。このサービスでありがちな「グループで来店のお客は全員注文」といった縛りがない(ただし回し飲みはご遠慮願う)。予約不要。時間無制限――このような内容だ。これにクラフトビール8種とハートランドが加わった3600円のメニューもある。
ランチを止めてディナー客の単価を1000円アップ
オープンしてしばらくはランチも営業していたが、活躍していた従業員が店を辞めることになり、その人物がいないと店が回らないことからランチ営業を休止することに。それを補うためにディナー帯の客単価を従来のものより1000円押し上げて4300円の設定にした。お客にはそれを十分に納得してもらえるように、以前よりクオリティの高い食材を使用して、調理に手間暇をかけた。この売り方がリピーターから歓迎されて、店の営業が安定するようになった。こうして「はるばる」は「ワインバイキングと手間暇かけた料理の店」として知られるようになった。
「はるばる」の営業が安定し、ナンバーツーである本宮氏が大きく成長したことから、本宮氏にその才をいかんなく発揮してもらおうと姉妹店「和食とワイン 晴次郎」(以下、はるじろう)を2015年7月に出店した。JR立川駅南口より、国立方面に徒歩5分ほどの立地。10.5坪18席でほぼカウンターで構成されている。
「はるじろう」は“本宮ワールド”とも言える独特の店づくりが行われている。フードの看板メニューは「瀬戸内おでん」、これはいりこと昆布の合わせ出汁を使った優しい味わいのもの。7品目ある「割とすぐ出るちょいつまみ」も「南インド風、スパイシー鶏なんこつ」480円、「鱧(はも)皮、茗荷、胡瓜の土佐酢和え」780円という具合に手間暇がけられている(メニューは5月中旬のもの)。ドリンクはソムリエである本宮氏がセレクトしたワインを10種類取りそろえ、グラス一律980円で提供。原価別にS/30㎖、M/60㎖、L/90㎖、 LL/120 ㎖と量目を変えている。ワインのミニ知識をQA形式で披露するなど、ワインの魅力を楽しく伝えようとする姿勢を感じられる。
「はるじろう」はたちまち繁盛店となり、40代から60代という年齢層の高い客層が定着するようになった。客単価は7000円。
歳上の常連客のアドバイスを取り入れる
「はるじろう」ならではのコロナ禍のエピソードがある。それは、常連客が社会的に地位のある人々であることから外食を遠ざけるようになり、同店への来店が極端に減ったということ。これによって2021年4月から休業することになった(2022年3月より再開。再開に伴い、店名を「葡萄酒 HARU-JIRO」に変更)。
「はるじろう」が休業して「はるばる」一本で営業することになったが、この間に行ったことは「はるばる」の客単価を一歩引き上げることであった。それは「はるばる」と「はるじろう」のグレードの乖離(かいり)を埋めるため。「はるじろう」は本宮氏の才によって現在の形がつくられたが、他の従業員も「はるじろう」のクオリティを維持して営業できる体制を目指した。そこで「はるばる」の使用食材のクオリティを引き上げ、さらに調理に手間暇をかけて現在の客単価5000円を維持するようになった。
「はるばる」のフードメニューの看板は「待ってでも食べたい肉料理」と「炭火やきとり」。前者の肉料理は「A5黒毛和牛のステーキ」10g110円と「埼玉 武州鴨 胸肉のグリル」1800円。後者のやきとりは「おまかせ盛り」3本730円、5本1080円、8本1880円。「すぐ出る!」をうたう単品も「立川うどと人参のジャパニッシュオムレツ」580円、「桜海老とザーサイ、山クラゲのポテトサラダ」580円と食材が上質で手間暇がかけられていることがアピールされている(メニューは4月末のもの)。
筆者は「はるばる」「はるじろう」の両方を体験して、それぞれが放つ特徴を体験した。共通しているのは店の中にいて「コミュニティ」を感じられることだ。それについて岩崎氏はこのように表現した。
「前職で店長をやっていた時の自分も本宮も、自分より上の世代のお客様から愛されていた。独立開業した時の自分の年齢は33歳で、同世代に向けて店の雰囲気をつくったつもりだったが、開業して常連さんになったのは10歳年上の人たち。この人たちが常々私たちにアドバイスをしてくださって、彼らに支えられて店の営業が安定してきた」
それは岩崎氏をはじめ店の従業員が、10歳年上のお客のアドバイスに素直に耳を傾けて店の改善に努めてきたということだ。だからこそ、居酒屋市場の中でも比較的年齢層の高いお客が集まり、店のQSCに納得して5000円、7000円の客単価となっている。
筆者が冒頭に述べた、初めて「はるばる」を訪ねた時に「違和感を覚えなかった」という印象は、岩崎氏の謙虚で素直な人間性がつくり出している店の文化にほかならない。