2024/07/11
二人のドイツ人が東京で起業、新しい食文化の浸透を図る
2015年の初夏に筆者は赤坂TBSの近くにジャーマンソーセージの専門店がオープンしているのを見つけた。太いソーセージをミニバケットに挟んで食べるのだが、これまで親しんでいたホットドッグと異なり、食べ応えがありそうなことに興味がそそられ店の中に入った。20代の女性と喫茶店のマスターのような男性が対応してくれて、独立開業の個人店のような雰囲気が好感を持てた。
店内は至ってシンプルであった。ベルリンのデザイン事務所に依頼したという内装はウッディで山小屋のイメージがあった。フードメニューの価格は600円、800円、1000円(当時)となっていて、ホットドッグという捉え方をすればファストフードより高い印象があった。
この店のことが気になり赤坂に行く機会があると必ず立ち寄るようになった。その店は日を経るたびに内装のセンスが良くなり、ジャーマンソーセージ以外のフードメニューも増えて、クラフトビールを大きくアピールするようになった。
その後同店の「SCHMATZ」(シュマッツ)という赤い色の看板は都心の新しい商業施設に常連のように店数を増やすようになった。
目次
実店舗を構えフードメニューを深化させる
「シュマッツ」とは、ドイツ語で「おいしいものを食べたときに思わず舌が鳴る音」ないしは「大好きな人のほほにキスをするときの音」を意味する「幸せの音」を表しているのだという。今年に入り出店ペースが上がり年内28店舗になる。この存在感は消費者の日常になじんできた2000年あたりの「スターバックス」に似ている。これから赤い看板はもっと増えていく勢いを感じさせる。
同社の代表はChristopher Ax(クリストファー・アックス)氏とMarc Luetten(マーク・リュッテン)氏の二人のドイツ人である。二人は古くからの知人でニューヨークで再会、「世界の食の発信地・東京」で起業しようと2013年11月に来日した。
アックス氏の実家はオーガニックファームを営む他、ソーセージ等の食肉加工も製造しており、日本でそのノウハウを生かすことにした。
起業した当初はフードトラック(移動販売車)を使用して現在本社を置く中目黒や青山などでソーセージの販売を行った。そして前述した赤坂の店を2015年5月にオープンして段階的にフードサービスの足場を固めていった。
アックス氏は当時を振り返りこう語る。
「フードトラックの次にレストランを構えたことで気づいたことは、消費者に受け入れてもらうために、このビジネスをもっと進化させる必要があるということ。そこで、ホットドッグだけではなくナイフとフォークを使い、また仲間とシェアするような食事の場面をつくるようにしました」
出店を重ねていく過程で、メニューのコンセプトは「クラフトビールとモダンドイツ料理」ということに整っていった。ドイツのビールとは「ビール純粋令」という16世紀に生まれた世界で一番古いとされる食品条例に基づいて、原料を麦芽、ホップ、水に限定しているというもの。この伝統の飲み物とジャーマンソーセージというコアな料理に加えて「ドイツにはさまざまな料理が存在する」ということをアピールする「モダンドイツ料理」をマッチングさせていくという。
「モダンドイツ料理」の定着を図る
「日本では『フランス料理を食べに行こう』『イタリア料理にしよう』という行動パターンはありますが、『ドイツ料理に行こう』ということは少ない。それを『ドイツ料理に行こう』ということを定着させることがわれわれのミッションであり、ビジネスチャンスだと思います」
こうアックス氏は語り、それを実現するべく、店のタイプも大型のビア・ダイニングだけではなく、立地に応じて10坪程度のビア・スタンドも展開し、キャッシュオンでデリカップを販売する試みを行っている。
「モダンドイツ料理」というイメージを日本で定着させるために出店ペースを上げていき、都心だけにこだわらずに小さな町にも出店していきブランド認知を図っていきたいとする。
「モダンドイツ料理」を定着させるために、自社でドイツ料理の開発にいそしんでいる。それは「シェフズ・ゲット・トゲザー」というもので、同社の全店舗のシェフを集めて行うメニューの提案会である。この中から選ばれたものを、季節の商品、期間限定商品として提供している。こうして「モダンドイツ料理」をテーマにしてさまざまな人のアイディアが集められることによって、メニューの幅も広がると共に個性も際立っていく。
今夏にキャンペーンメニューとして「レモングラスのソーセージ」がラインアップされていたが、これはドイツの伝統的なフードにエスニックの要素が融合したとてもユニークなもので食もビールも進むメニューであった。アックス氏はこのメニューのことを「カフェのパンケーキのように売れた商品」と語ってくれたが、同社の「モダンドイツ料理」を開発する努力が実ってきていることの証であろう。
クラフトビールは「ケルシュ」「ジャーマンエール」「ペールエール」「ポーター」「ヴァイツェン」といったドイツの伝統的なスタイルをシュマッツオリジナルでつくり上げている。ちなみに今夏ラインアップされた「カンダクラフト」は2017年1月に神田店をオープンするときに開発したクラフトビールが期間限定で復活したもの。アルコール度数が4.8%と比較的にライトで「とりあえず一杯」に適しており、シュマッツからのビール文化の提案が込められている。
「チームハピネス」を推進するCHOの存在
シュマッツの店舗で気づくことは、従業員の対応がフレンドリーであることだ。初めて訪れた店舗でその雰囲気を体験するとそこはかとなくハッピーな記憶が残る。
これは同社が「従業員がハッピーではなければお客様はハッピーになれない」と考え、創業当時より「チームハピネス」という考え方を醸成してきていることがバックボーンにある。
ドイツ語に「Gastfreundschaft」という言葉があり、お客様(Gast)と友情(freundschaft)を大切にし、お客様を自宅に招き入れたような温かい空間、居心地の良い時間を過ごしていただくことを信条としている。
お客様に接する上でのミッションを次のように掲げている。
「私たちは一つの大きな家族になりたいです。大きな目標達成のために人一倍努力をします。それぞれの個人的な目標や、個人の成長を後押しします。何をやるにも全力を尽くします。ゲストの皆様も家族のように接します。おいしいビールと厳選された素材を使い、真心こめた料理を、とびっきりの笑顔と一緒に提供します」(同社ホームページより)
この文言から「チームハピネス」の姿勢が伝わってくる。
これらをコントロールする存在として、同社ではCHO(チーフ・ハピネス・オフィサー)という職制を設けている。採用告知には次のような条件が書かれている。
・マネジメントチームと東京本社で、直接議論や確認を取りながらシュマッツを次のレベルに発展させること
・強力なカルチャーをシュマッツチーム内に育むこと。チーム全体が楽しく幸せに働くことができる職場づくりをすること
・店舗やオフィスで活躍する最高の人材をスカウトし採用すること
・会社と個人の成長が実現できる職場をつくること。
・魅力的な職場であり続けること。
・プロフェッショナルな集団をつくること
これらによって醸成される「チームハピネス」によって、低い離職率を維持し、人材紹介制度によってアルバイトが友人を連れてくるという。シュマッツで働いている一人一人がここで成長していることを感じ取っていることであろう。
シュマッツが今後多店化を進めることで、赤い色の看板は「モダンドイツ料理」と「チームハピネス」を体験できる空間としてブラディングがなされていくことであろう。(千葉哲幸)